松田聖子に3度目の離婚危機か “いわくつき”の人物と共に個人事務所から独立の動き

日刊サイゾー / 2014年3月20日 13時0分

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 松田聖子が、個人事務所の「ファンティック」から2月末に独立。愛人といわれてきた元マネジャーのK氏と新事務所を設立したという「女性セブン」(3月20日号/小学館)の報道を読んで、開いた口がふさがらなかった。

 これまでも、K氏の素性については、「電撃再々婚から3カ月も──松田聖子と個人マネジャーK氏の“ただならぬ関係”は続いている!?」(記事参照)など、当コラムで報じてきた。

 このK氏とは、かつてはビートたけしの娘と交際しつつも、たけしから結婚準備金をもらうと娘とは別離し、その金を返済しないまま姿を消したという、いわくつきの人物だ。

 聖子の芸能界の育ての親である「サンミュージックプロダクション」の故・相澤秀禎会長は生前、K氏の素性を知って以降、彼がマネジメントすることに疑念を抱いて、一日も早く聖子が手を切ることを望んでいた。そんな中、昨年末に聖子がK氏を事務所から解雇したことで、相澤会長も安らかに眠ることができると、筆者も安心した。

 ところが、いまだに手が切れていなかったどころか、2人で新事務所を設立したという。聖子の個人事務所からの移籍は今回で2度目だが、前回とは事情が違う。1度目の移籍は1999年。聖子は「サンミュージック」から“身勝手独立”して、個人事務所「ファンティック」を設立。96年に、レコード会社をソニーミュージックから「マーキュリー・ミュージックエンタテインメント」へ移籍した。その時にマネジャーを買って出たのが、業界では悪評が高かった故・Y氏だった。

 Y氏は活字メディアだけでなく、テレビ局に聖子関連のフィルムの二次使用を一方的に禁止通告するという高圧的な態度を取ったために、新曲をリリースしても、メディアは宣伝に協力してくれなかった。それをY氏は「レコード会社の幹部が無能だからだ」と責任を転嫁したために、聖子とレコード会社の関係は悪化。一時、聖子はレコード業界から追放されるのでは? とウワサされた。その後、Y氏が事務所の金を横領していたことが発覚。聖子はY氏をクビにしたが、レコード会社との契約更改が危ぶまれた。しかし、裏で“芸能界の実力者”が暗躍。99年、相澤秀禎聖子が元ソニーのプロデューサーが設立した「グリーンパークミュージック」に移籍することで、契約が更改された。

 その後、暗躍した実力者へのプロモート費の高さに音を上げて、古巣のソニーに出戻った時点で、「ファンティック」に戻った。この個人事務所は、聖子の実兄が代表取締役を務め、母親の一子さんも役員に名を連ねている。一人娘の神田沙也加も所属しているが、稼ぎ手は聖子一人だ。その聖子が家族を捨てて、元マネジャーのK氏と新事務所を設立。一体、何を考えているのか? 凡人には理解できない。

 聖子の夫はなおさらだろう。年末にクビを切ったはずのK氏と聖子は、1月にロスに出かけている。2人の関係を心配した聖子の夫も、後を追うように同行した。そんな不安に追い打ちをかけるように、聖子はK氏と新事務所を立ち上げた。聖子の3度目の“離婚危機”と芸能マスコミが騒ぐのは、時間の問題だ。
(文=本多圭)

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