黒柳徹子として生きるための3つの方法 フジ『ワンダフルライフ』(9月14日放送)を徹底検証!

日刊サイゾー / 2014年9月19日 19時0分

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 黒柳徹子。1933年8月9日、東京都乃木坂生まれ。現在81歳。53年にテレビ女優第一号としてNHKに入社した日本初のテレビタレントであり、現在に至るまでレギュラー番組を持ち続ける。76年に放送を開始したテレビ朝日系『徹子の部屋』は、今なお続く長寿番組であり、「同一の司会者による番組の最多放送回数」としてギネス世界記録に認定されている。

 日本のテレビ史を語る上で、黒柳徹子は欠かせない人物の一人である。日本のテレビ創世記から第一線に立ち続け、なおかつ81歳になる現在も帯番組『徹子の部屋』の司会を務める。今もって過去の遺物などではなく、そのエネルギッシュかつある種エキセントリックな生き方は多くの視聴者の共感を集め、テレビ朝日系『アメトーーク!』では「徹子の部屋芸人」として再評価されるなど、年齢を超えた生き方をテレビのど真ん中で見せつけてくれている稀有な存在である。

 黒柳徹子について語ろうと思うとき、まっ先に思い浮かぶ言葉は「自由」の二文字だ。テレビという異常な日常の中で、これほどまでに「自由」を体現しているタレントはほかにはいない。芸人という、いわば埒外の人種に対してさえも圧倒するほどの「自由」をぶち込んでくるから、「徹子の部屋芸人」というコンテンツが成立するのだ。そして、その「自由」さは、我々視聴者にとっての憧れでもある。特に2014年現在のように世知辛く、誰もが空気を読んで生きることを強要される時代だからこそ、黒柳徹子の「自由」な生き方は憧れの対象となる。

 フジテレビ系『ワンダフルライフ』は、半年間で終了してしまった薄命の番組だ。9月14日に放送された最終回で取り上げられたのが、黒柳徹子だった。その人選に、制作者の想いがどれほどあったかは推し量るよりほかにはないが、少なくともその最終回は、希望に満ちた最終回であった。ここで語られる黒柳徹子の半生とその人生哲学は、終焉よりもむしろ最初の一歩を感じさせた。黒柳徹子は我々視聴者に、黒柳徹子という一人の人間の生き方を紹介したのだ。

 我々は「自由」に憧れる。我々は黒柳徹子に憧れる。それでは、黒柳徹子はいかにして黒柳徹子という人生を生きているのか。その3つの手法を、今回は紹介したい。

<1>黒柳徹子は、大切な言葉を忘れない

 『徹子の部屋』がこれほどの長寿番組になっていることからも分かる通り、黒柳徹子は稀代の聞き上手である。それは通り一遍の受け答えができるということではなく、他者の言葉に対して真摯に耳を傾ける能力に長けているということを意味する。事実、彼女の人生そのものが、他者の言葉によって大きく影響を受けている。女優の仕事を始めた当初、個性が強すぎると言われ続けた黒柳徹子は番組のオーディションに合格した際、劇作家の飯沢匡に向かって「個性引っ込めますので宜しくお願いします」と告げたのだが、そのとき飯沢は首を横に振り「君のその個性が欲しいんだ」と伝える。この言葉こそが結果として、黒柳徹子のその後の芸能人生に大きな影響を与えることになった。

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