追悼・高倉健さん──果たせなかった北野武監督との約束「一緒に映画を撮ろう」

日刊サイゾー / 2014年11月19日 21時30分

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 “日本映画界の最後の大スター”高倉健さんが、悪性リンパ腫のため11月10日に他界していたことが明らかになった。享年83歳。

 生前、北野武監督ことビートたけしに「一緒に映画を撮ろう」と語っていたが、実現しないまま他界。さぞ、無念だったことだろう。

 たけしと健さんの出会いは、1985年に公開された映画『夜叉』での共演だった。たけしは「『夜叉』で共演することになったんで、ロケ先の福井県に向かったんだけど、健さんは雪の中で、花束を持ってオイラを福井の駅のホームで待っててくれたの。『たけしさんですか? 高倉健です。私の映画に出てくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします』。電車から降りたらそう言われて、花もらっちゃってさ。ああ、今のは高倉健だ。どうしよう。参ったなと思った」と、筆者に出会いを語っていた。

 その後、健さん行きつけの銀座のフランス料理店を筆者がたけしに紹介したところ、その店を気に入り、頻繁に通うようになった。ある日、店の責任者M氏が、健さんに「最近、たけしさんに頻繁にお店を利用していただいています」と伝えたところ、「一緒に映画を撮りたいから、連絡先を教えてください」と言われ、オフィス北野の電話番号を教えた。すると、後日、健さん自ら電話したという。

「健さんが俺の事務所に電話くれたんだ。『もしもし、高倉健です。たけしさんと連絡を取りたいんですが』と。ところが、まさか健さん本人から電話がくるとは思わないから、出たヤツが『何言ってんだ。この野郎』と、すぐに電話を切った。さらに、2度目の電話は『松村(邦洋)だろ。モノマネばっかりしやがって』と、ガチャンと電話を切っちゃったんだよ」

 後日、電話をかけたのが健さん本人だということを知ったたけしは、昔、東映の大部屋役者時代、健さんの名前から一字もらって芸名にした俳優の石倉三郎をつなぎ役に立てて、健さんに謝りの電話を入れたところ、「たけしさんのところに電話すると、すぐに切られるんですよ。モノマネするなと言われるんです」と、ちゃめっ気ある対応をしてくれたという。

「怒って当たり前なのに、この気遣いに頭が下がったよ。さらに、健さんから『一緒に映画を撮ろう』と言ってもらった。うれしくなって、いろんな企画が頭に浮かんだよ。ロートルのヤクザが世直しする『ヤクザ名球会』とかね」

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