右翼団体も街宣中!? 鬼怒川堤防決壊から40日……“濁流にのみ込まれた街”茨城県常総市のいま

日刊サイゾー / 2015年10月20日 22時0分

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 9月7日~11日にかけて東日本を襲った豪雨は、気象庁によって「平成27年9月関東・東北豪雨」と名付けられた。最も被害を受けた茨城県常総市では、鬼怒川の堤防が決壊し、全壊50棟、半壊3,700棟余りという惨事に発展。市内全域にまで広がった大規模な浸水は、農業にも大打撃を与えた。

「激甚災害」に指定されたこの洪水から40日を経て、マスコミの報道は収束に向かっている。しかし、災害の現場を訪れると、復旧すらもままならない現状が見えてきた。

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 常磐道を使えば、常総市の最寄りとなる谷和原ICまでは、都心からおよそ1時間。そこから30分も国道294号線を走ると、今回の水害被災地にたどり着く。テレビなどで報道に触れていると、遠いところで起こった災害のように感じるが、実際に足を運べば、その近さに驚かざるを得ない。

 今回の水害では、2カ所から水があふれ出た。そのひとつである常総市若宮戸地区では、メガソーラー発電業者が、自然堤防としての役割を担う丘陵部を削っていたことが判明し、国土交通省も工事が氾濫に与えた影響を否定できないとしている。

 若宮戸地区を訪れると、ところどころに傾いた家屋や1階部分が使用されていない家屋が点在していた。周囲の田んぼは、水害によって稲がなぎ倒されていたり、流された食器や日用品などが散乱したままの状態で、水害のすさまじさを物語っている。くだんのメガソーラー発電所付近では、堤防づくりの工事が進められていた。

 発電所から2kmほど離れた場所に住む住民に話を聞いたところ、この存在は地元でもほとんど知られていなかったようだ。

「こんな場所にメガソーラーの発電所が造られていて、しかも堤防を削っていたなんて、私らも知らなかった。いつの間にかできていたんだよ。堤防が削られて、水が来たら危ないのはわかっていたはずなのに……」

 取材に訪れたのは日曜日だったため、被災した家の中ではボランティアの人々が懸命に作業に取り組んでいた。常総市では、災害発生直後からボランティアセンターを設置しており、ピークとなったシルバーウィーク時には1日で3,000人以上のボランティアが集まった。しかし、被災地に集うのはボランティアや取材関係者ばかりでもないようだ……。

 取材を行っていると、突如「君が代」が大音量で流れてきた。その方向を見ると、日の丸を掲げ、「国賊を許すな」という文字を大書した右翼団体の街宣車が活動を行っていたのだ! 被災者への見舞いの言葉とともに「東日本大震災の教訓が生かされていない」「(後手に回った常総市の災害対応について)謝罪すらないのは、とんでもないこと」と、強く非難する演説を行っていた右翼団体。被災地の風景に似つかわしくない黒い街宣車は、ゆったりとしたスピードで農道を進んでいった。

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