カルト宗教と民間療法は信じる者だけが救われる!? プラシーボな神をめぐる暗黒アニメ『我は神なり』

日刊サイゾー / 2017年10月13日 23時30分

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 神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。言い換えれば、神は存在しないことを証明されるために存在する。つまり、神は数字のゼロのような存在だ。存在しないことによって存在する。そんな現実世界には実存しない神の解釈をめぐって、人々は長きにわたって争い、憎しみ合ってきた。実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で大ブレイクしたヨン・サンホ監督の長編アニメ『我は神なり』(英題『FAKE』)では、神のご利益を説くことで信者たちからお金をむしり取るインチキ教団と、そんなインチキ宗教でもすがりつきたいと願う人々の心理を克明に描いた救いのないドラマが紡がれていく。

 日本では今年9月から劇場公開が始まった『新感染』で実写映画デビューを飾り、『新感染』の前日談を描いた長編アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』(16)も続いて公開され、ゾンビよりも人間のほうがよっぽど悪質で、おぞましい存在であることをこれでもかと見せつけたヨン・サンホ監督。8月来日時のトークイベントでは「日本のアニメや漫画の影響をすごく受けた。中でも今敏監督のリアリズム溢れる初期作品を観て、自分も映画をつくりたいと思った」と語った。なるほど、社会の底辺を生きる人々をリアルに描く作風は今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』(03)っぽくあり、最後の最後まで目が離せないサスペンスフルな演出は『パーフェクトブルー』(98)を思わせる。極彩色の悪夢『パプリカ』(06)を最後に、46歳の若さで亡くなった今敏監督の系譜を受け継ぐ才人が韓国から現われたことがうれしい。そんなヨン監督が2013年に発表した長編アニメが『我は神なり』。多くの人に好まれる宮崎駿アニメ風の欧州的な整った顔立ちではない、アジア人特有の平べったく、目の細く、筋ばった容姿のキャラクターたちが物語の主人公だ。

 国家レベルの大規模な建設工事のために、村人全員が立ち退きを命じられた小さな集落に、とある宗教団体が訪れる。故郷を喪失することに動揺している村人たちは、若くてイケメンのソン牧師(声:オ・ジョンセ)を崇め、教団から分けてもらった神の水を呑めば万病に効くと信じ込んでいた。ソン牧師はあくまでも教団の表の顔で、詐欺師のギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)が裏では仕切っている。他の土地へ移り住むために村人たちがもらっていた補償金を狙っての布教活動だった。神への信仰心として教団に献金すればするだけ、この世の苦しみから逃れることができるという。しかも、故郷を失う村人たちが一緒に暮らすことができる現世浄土としての施設「祈りの家」を、村人たちからの献金を元に建設するとギョンソクは約束する。世間から見捨てられた集落にしがみつくように暮らしてきた人々は、うさん臭い教団が提示した現代のユートピア計画にまんまと騙されてしまう

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