プロ野球・元巨人の村田修一、ついに“引退”決断……なぜ獲得チームは現れなかったか

日刊サイゾー / 2018年8月2日 23時0分

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 横浜から巨人を経て、今季はBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスに所属していた村田修一が8月1日、事実上の現役引退発表をした。昨年118試合に出場しながら巨人から戦力外通告を受けた“男・村田”は、なぜどこからも声が掛からなかったのか。

 WBCで4番も打った大物スラッガーの引退宣言は寂しいものだった。横浜時代には2007年、08年と2年連続で本塁打王に輝いた村田。FAで移籍した巨人でも16年に打率.302、本塁打25本でベストナインに輝き、翌17年もまずまずの成績だったが、オフに戦力外通告を受けた。その後、栃木でプロ野球界復帰を目指したが、7月31日に移籍期限が終了。村田はプロ野球からオファーが無かったことを理由に現役を退く意向を示した。「すでに力が落ちていた」と指摘するのは、フリーのスポーツライターだ。

「村田は今季、BCリーグで.352、9本(42試合)という数字を残していますが、BCリーグは“超”が付く打高投低のリーグで、チーム打率が3割を超えるチームもあります。今季、8月1日現在打撃ランキング1位の選手は.388、11本を打っていますが、それでもプロ野球界から声は掛かっていません。BCリーグは07年にスタートし、10年以上の歴史がありますが、プロ野球で大成した選手は1人もいません。そのレベルのリーグでそこそこの数字しか残していない村田を見て、プロ野球の関係者は一気に興味を失ってしまったのではないでしょうか」

 レベル的にはプロ野球の2軍より劣ると言われる独立リーグでは、よほど突出した数字を残さなければ、プロ野球関係者の目には留まらない。一方、“別の力”が働いたというのは、週刊誌のスポーツ担当記者だ。

「村田が昨年の成績でクビになったのはかなり驚きでしたが、態度に関して問題があるというのは、関係者の間では有名な話でした。横浜時代、ベンチに下げられた後、監督室のイスに寝そべってテレビで試合を見ていたというエピソードがありますし、駒田徳広氏が昨年、横浜のコーチ時代を振り返り、『当時の主力に“ボス”がいて、ミーティングでふざけている』と指摘した相手も村田だというのが定説です。昨年4月にベンチを温めていた時期には、日本テレビの情報番組で取材に訪れた巨人OB宮本和知氏に対し、『暇すぎて!まじで暇すぎるんですよ!』と叫び、宮本氏が本気で止めるという一幕もありました。村田は2000本安打まで残り135本でしたから、その達成が目標だったはず。代打でなら村田を使いたいという球団はあったでしょうが、レギュラーで使わないとふてくされるような選手はどこもいらないですよ」

 今年38歳の村田は“松坂世代”。まさか松坂よりも先に現役を引退するとは、一番驚いているのは本人かもしれない。

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