『岡山文庫』ネット以前の個人の趣味的研究の結晶

日刊サイゾー / 2018年10月4日 22時30分

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 今、誰もが使っているツールとなったTwitter。中には社会問題のウザイ“語りたがり”もいるけれど、それはむしろ少数派。いくつもの利点のあるTwitterだが、特にその恩恵を受けているといえるのは、マニアックな趣味を持っている人たちだろう。

 例えば、遊郭跡であるとか、昭和レトロな雰囲気の店や街のあるところ。実に個人か、内輪のサークルレベルの楽しみに過ぎなかった街歩き的な趣味のつながりを増やしたのは、間違いなくTwitterだ。

 たいていの人は「昔はTwitterもなくて、一人で歩いていたものだが……」という。

 そういう自分の趣味を何年も探求し続けている人というのは、昔からいた。でも、ネット以前にアウトプットする場というのは少なかった。小冊子にして知り合いに配るか、大枚をはたいて自費出版。それが、一般的な形だっただろう。

 でも、岡山の人が幸運なのは『岡山文庫』(日本文教出版)があったこと。

 このシリーズ、中には学者のような人が書いているものもあるのだが、大半は個人的に、そのテーマを追求してきた在野の研究者ばかり。

 例えば『岡山の映画』を執筆した松田完一氏は、岡山では映画に一家言あるオーソリティーとして知られていた映画マニアであった。本の中にも書いているが、一時は自分のコレクションを用いて資料館にしていたほどである。

 そんな人物の書いている本だから、岡山のどこそこに、どういう映画館があったのか。今では跡形もなくなった街の記憶までもが、完全に記録されている。

 どの本も、個人的に研究してきたが、“せっかくだから集大成のつもりで感”があふれかえっている。

 八木敏乗著『岡山の祭祀遺跡』も、そう。

 祭祀遺跡が何かといえば、巨大な石をご神体として祀ったり、ストーンサークルにしている、あれ。古代より栄えていた岡山には、その手の遺跡が多いのだが、この本では、そんなマニアックな話題を微に入り細に入り書いている。いったい、この著者は何者かと思い、この文章を書くにあたって調べてみたら、会社勤めの傍ら僧侶になり、50歳で会社を辞めて研究に没頭した人だという。さらに調べてみると、死去したのは2008年。

 ああ、ずっと、著者はどういう人なのだろうと思っていたが……思いたったら、会いに行けばよかったと、後悔。

 立石憲利著『岡山の艶笑譚』に至っては、これを集めた努力に敬服する。ようは、地域に伝わるエロ小話を収集してまとめた本なのだ。この著者は、民話研究者として多くの本を出している人なのだが、エッチな話だけでこれだけ集めようとするその情熱が泣ける。

 こうした誰にも頼まれない努力が実ったともいうべき本の数々。改めて思うのだ。人が「なんでそんなことを?」と笑うことでも、決して無駄なことはないのだと。
(文=昼間たかし)

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