明智光秀は足軽だった? 斎藤道三との本当の仲…etc. 『麒麟がくる』が描かない不都合な歴史

日刊サイゾー / 2020年8月2日 20時0分

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大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)の放送が、新型コロナウイルスの影響で中断を余儀なくされている。放送再開が待ち遠しいが、この空白の時期を使って主人公「明智光秀」についてより理解を深めてみるというのはいかがだろうか? 今回は、歴史エッセイストの堀江宏樹氏が大河ドラマが描かない「不都合」な史実を紐解く──。前回はコチラ

 NHKの「大河ドラマ」は、史実をベースにしたフィクションです。

『麒麟がくる』で長谷川博己さんが演じる、誰に対しても誠実で、心やさしい明智光秀が、身内にはやさしいけれど、金にはシビアな史実の明智光秀の像と「多少」ズレていても、それはそれで構わないのです。歴史ドラマですから。

 しかし、謎の多い明智光秀という男を中心に、人間関係を作っていくのは視聴者が考える以上に大変なはずで、「うまいこと演出するなぁ」などと感心するシーンもありました。

 たとえば……『麒麟~』のホームページでは“(明智)光秀の生涯の朋友”として、細川藤孝(後の細川幽斎)が紹介されています。眞島秀和さんが好演なさっておられますね。ただ、残された史料からいうと、細川藤孝は明智の“朋友”どころか、当初は明智を“部下”として使っていた“上司”ではなかったかとさえいわれているのです。

 そもそも、残された史料を見る限り、明智光秀が最初にお仕えできた相手は、なんと将軍・足利義昭なんですね(これについては後で詳しく語ります)。『麒麟~』も放送再開後には、明智の人生のキーパーソンである足利義昭(滝藤賢一さん)との絡みが色濃く描かれるのでは、と思っています。

 しかし……それなら、『麒麟~』前半戦で描かれた斎藤道三(本木雅弘さん)や斎藤高政(伊藤英明さん)など、美濃(現在の岐阜)の「斎藤ファミリー」と明智の濃い絡みって、全部フィクションだったの? と拍子ぬけしてしまいますよね。

 でも、これも「YES」といわざるを得ないのです……。

 斎藤父子の戦に巻き込まれた明智一家は美濃を脱出、越前(現在の福井)に向かった……という放送休止までのストーリーは、江戸中期の歴史小説『明智軍記』がベースなんですね。

 明智光秀が美濃出身者であることは確かなようですが、美濃の明智家は応永6年(1399)に、将軍直臣となっています。つまり、明智光秀が生まれたとされる1528年から遡ること約130年も前に、美濃の斎藤家、それから土岐家とも主従関係を解消してしまっていた……というのが、記録で見る限りの「真実」なのでした。

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