エミネム、10代からの彼女と2度の離婚&愛憎劇の果てに3度目の復縁!? 

サイゾーウーマン / 2013年11月22日 20時18分

 コカイン依存にメルトダウン、激太りを克服し、見事な復活を果たした白人ラッパーのエミネム。“プア・ホワイト希望の星”とも呼ばれる彼は、同じくホワイト・トラッシュ出身のキムという女性と、激しい喧嘩をしながら、くっついたり、離れたりを繰り返している。エミネムが、「死ね、ビッチ!」という内容の曲をアルバムに収録すれば、キムが名誉毀損で訴えるなどの愛憎劇を繰り広げ、2006年に2度目となる離婚が成立してからというもの距離を置き、疎遠気味になっているのだが、ここに来て復縁する可能性が高まってきたと報道。

 黒人主流の米HipHop界において、驚異的な白人ラッパーとして圧倒的な地位を確立したエミネムは、全米有数の犯罪多発都市で、今年、全米最大規模の破産をしたデトロイト出身の41歳。母親が17歳の時に出産した子で、父親のいない貧しい家庭に育った。職が安定せず生活保護に頼る、アル中でヤク中の母親に連れられ転々としながら生活してきたという典型的なホワイト・トラッシュであり、極貧環境の中、激しいいじめを受けながら大人になっていったと伝えられている。

 エミネムの母親は、00年に受けたインタビューで、「1987年頃、家出してきた12歳の双子の少女たちを家に住まわせるようになった」「2歳年上だった息子は少女の1人と、次第に恋愛関係へと発展していった」と明かしているが、この“少女の1人”こそが、エミネムの運命の女性、キムである。

 エミネムとキムは、互いに父親を知らないプア・ホワイトで、高校を中退するほど勉強が苦手などと共通点が多く、10代の頃からくっついたり離れたりを繰り返すようになり、キム21歳、エミネム23歳の時に長女、ヘイリー・ジェイドが誕生。まだラッパーとして本格的に活動する前のことで、エミネムは「娘には、自分のような貧しく悲惨な目には遭わせたくない」と、1セントでも多くの金を貯めるため、実家に住み続け、週に60時間働きまくった。しかし、ラッパーになる夢を捨てられなかった彼は、MCバトル・コンテストに出場しまくり、その類稀なる才能が認められるように。97年にラジオ番組で彼のラップを聞いた、ヒップホップ界の大御所ドクター・ドレーに気に入られ、とんとん拍子にデビューすることになり、一気にトップへと駆け上がっていった。

 2人は破局を乗り越え、99年に結婚。しかし、結婚後も喧嘩は絶えず、00年6月、キムがほかの男性とキスをしている現場に、エミネムが乗り込み男に暴力を振るったとして逮捕。翌7月、キムが手首を切り自殺未遂をし、8月にキムが飲酒運転したことが許せなかったエミネムが離婚を申請。キムはエミネムを相手取り1,000万ドルの名誉毀損の訴訟を起こし、8月29日に別々に暮らすように。しかし、12月には復縁し、娘のために仲良くするのかと思いきや、01年にキムが離婚を申請。10月11日に2度目の離婚が成立した。

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