【高校野球】オコエ瑠偉に関する報道で考えてしまう一件|プチ鹿島コラム

デイリーニュースオンライン / 2015年8月16日 19時0分

写真

 思わず考えてしまう一件があった。「オコエ瑠偉」に関する報道である。オコエ瑠偉とは、高校野球・関東第一(東東京)の3年生。彼の俊足は圧巻であり、その実力とスター性は早くも今秋のドラフト候補として話題だ。父がナイジェリア人で母が日本人の選手である。そんなオコエ瑠偉は甲子園初登場の試合で大活躍した。二塁打、三塁打を連発。グランドを疾走する姿に多くの観客は魅了された。

 私は翌日のスポーツ紙にすべて目を通したのだが、スポニチとサンスポが一面。スポーツ報知も裏一面でオコエ瑠偉の活躍を大きく伝えた。早実の清宮幸太郎に匹敵する「今後のオヤジジャーナルを背負う逸材」の誕生である。

スポーツ報知の"表現"が人種差別だとして非難

 しかし、その報道の翌日。ツイッターでオコエ瑠偉に関する記事を問題視する人たちのツイートがまわってきた。スポーツ報知の以下のような表現が批判されていた。

・「オコエ瑠偉外野手(3年)が、野性味を全開させた。」
・「真夏の甲子園が、サバンナと化した。」
・「オコエは本能をむき出しにして、黒土を駆け回った。」
・「味方まで獲物のように追いかけた。」
・「飢えたオコエが、浜風をワイルドに切り裂く。」

 これらの表現がツイッターで「人種差別」だとして非難されていた。私はなんともいえない気分になってしまった。というのも、このスポーツ報知の記事を私はふつうに読んだからである。私は差別主義者なのだろうか。

 ひとつ言い訳をさせてもらうなら、私はオコエ瑠偉の愛称が「チーター」であることを知っていた。その颯爽としたスピードスターぶりを表現するにはピッタリの愛称だとワクワクしていた。たとえば同じ日の日刊スポーツでは《「チーター」オコエが、迷わず一塁ベースを蹴る。》とか《打席に入る前は2・0以上ある視力で外野の守備位置を確認しスキがあれば次の塁を狙う。こんな姿勢が「チーター」と呼ばれる理由だ。》と書かれている。こういう前提(オコエの愛称が「チーター」)が頭にあったので、私はスポーツ報知の表現もふつうに読んだのだ。

 オヤジジャーナルの売りのひとつは「大仰さ」であり、その所作を楽しむことでもある。その大仰さとはある意味「古さ」なのかもしれない。古さという表現が失礼なら伝統的な所作と言おうか。歌舞伎役者の見得を楽しむような感覚。でもたしかに「チーター」の愛称を知らない人が報知のあの記事を読んだら、オコエの「俊足」でなく「出自」を大仰に書いていると思ってしまう可能性もあるだろう。新聞を買って読む層とネットで出会い頭に記事を読んでしまう層の温度差でもある。

 ツイッターでは、《「…サバンナと化した。…本能をむき出しにして…」←この表現を彼のルーツであるナイジェリア人に見せたら大笑いされるだろう。だってナイジェリアにサバンナはないから。アフリカを馬鹿にしている。》というツイートもあった。しかし、チーターという愛称前提で読めば、チーターこそサバンナにいる。とくに不自然ではない表現になる。だから私はふつうに読んでしまった。

 もしスポーツ報知に今回ミスがあったとすれば、みんながみんなオコエ瑠偉の愛称を知っているわけではない、ということを忘れていたことだろうか。文中に愛称のことを一筆いれておくべきだったかもしれない。世の中には通りすがりに正義を吐く人もいるのだから。

 それでも、「いや、オコエ瑠偉をチーターと呼ぶこと自体がすでに人種差別だ」と言われたら、グランドを縦横無尽に疾走する姿に地方大会からワクワクし、ラジオ番組で「オコエになってみたい。かっこいいなぁ」とすっかり憧れて話した私も、もう謝るしかないのだけれど。

著者プロフィール


お笑い芸人(オフィス北野所属)

プチ鹿島

時事ネタと見立てを得意とするお笑い芸人。「東京ポッド許可局」、「荒川強啓ディ・キャッチ!」(ともにTBSラジオ)、「キックス」(YBSラジオ)、「午後まり」(NHKラジオ第一)出演中。近著に「教養としてのプロレス」(双葉新書)。

デイリーニュースオンライン

トピックスRSS

ランキング