金正恩の「重大情報漏えい」でも処刑されない影の実力者の処世術

デイリーNKジャパン / 2020年9月12日 5時50分

2018年9月20日、韓国の文在寅大統領らと白頭山を訪れた金正恩氏(平壌写真共同取材団)

国家が最も重要視するものは何か。国によって異なるだろうが、戦前の日本では「国体護持」であり、国民の生命と財産への重大な損害が明らかな本土決戦すら敢行しようとしていた。一方、2020年の北朝鮮で、最も重要視されるのは首領(最高指導者)とそれを戴く国家体制の維持で、国民の安寧など二の次、三の次だ。

金正恩氏の安全のために国のあらゆる組織が動き、時には国民の命すら奪う。昨年10月に金正恩氏が両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)の再開発工事現場を訪れた際、その移動経路が事前に漏洩するという重大事件が発生した。国家保衛省(秘密警察)は脱北して1年半、中国に住んだ経験を持つ40代男性を逮捕、通常より短い1ヶ月あまりの取り調べの後、室内で非公開処刑にした。

(参考記事:金正恩氏の「デリケート情報」が洩れて10人が処刑の危機

この男性の容疑は「韓国の諜報機関と内通していた」ということになっているが、国家保衛省はその証拠を示さなかった。市民の間では、両江道の道庁所在地、恵山(ヘサン)市の秘密警察のトップ、保衛部長に新年のお祝い金、つまりワイロを渡さなかったことで目をつけられて殺されたとの話が広がっていた。

これだけの重大事件が起きた場合、直接の責任がなくとも多くの幹部が連帯責任を問われるのが一般的だ。場合によっては公開処刑すらあり得る。何しろあるスッポン養殖工場の支配人は、金正恩氏の機嫌を損ねただけで処刑されたぐらいだ。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

恵山市保衛部長も当初は年齢除隊(不名誉除隊)の処分が下されると見られていたが、逆に任期が1年延長されるという不可思議な出来事が起きた。「後任者がいない」との理由だったが、現地の内部情報筋は、こんな見方を示している。

「以前から保衛部長が(平壌の)国家保衛省と両江道保衛局の幹部の家の中の出来事を数多く処理したとの話が多く聞かれた。それですぐにはクビにできなかった」

冠婚葬祭など折に触れて多額のワイロを送り、カネの力で黙らせたということだろう。恵山市は、中国との国境を流れる鴨緑江に面し、豊富な鉱物資源に加え、密輸が地場産業と言っても過言ではない土地柄だ。また、家族の誰かが脱北して韓国に住でいる人も多い。

保衛部は、密輸、携帯電話の通話などを見逃す見返りに多額のワイロを要求している。現場で受け取られたワイロは、上へ上へと吸い上げられる仕組みになっていて、保衛部長ともなれば、かなりの額のワイロを得ていたことは想像に難くない。その札束で、平壌の幹部のほおをはたいたのだろう。

(参考記事:金正恩氏の「拷問部隊」が始めた「プレミアムサービス」とは

1年も任期が伸ばされた保衛部長はやりたい放題で、昨年末の特別警備期間(12月27日から1月2日)には、保衛部の集結所(拘禁施設)に収監された者の家族から、ワイロを受け取って面会を許可するという、通常は考えられないことを行っている。それも、ワイロは米ドルや人民元で要求したという。

そんな保衛部長だが、ついに辞めることになった。クビになったのではなく、任期満了によるもので、現在引き継ぎ作業が行われている。今まで苦しめられていた恵山市民は喜んでいるとのことだが、情報筋は冷めた目で見ている。

「市の保衛部長には昨年10月、辞める、辞めないとの噂があったが、(任期延長から)ちょうど1年で辞めることになったらしい。孫の代まで暮らせるだけのカネをせしめたのだから、ぼちぼち辞めてもいいと考えたのだろう」

退任後も、膨大な財力と人脈で、地域での影響力を維持するものと見られている。しばらく経ってから昨年の事件に対する責任追及がなされる可能性もあるが、国家保衛省をも黙らせるほどのやり口を見ると、生き残れるように既に手をうっている可能性も考えられる。

ちなみに後任の保衛部長には、両江道保衛部の幹部が内定している。地元の事情に精通し、党務の経験が豊富で、中央党(朝鮮労働党中央委員会)とのコミュニケーションを重視した人選との評価だ。

恵山税関、貿易機関の関係者、トンジュ(金主、新興富裕層)は、さっそく新任部長とコネを作ろうと家の住所や個人の情報を探るのに奔走しているとのことだ。

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