最年少のイタコが告白する知られざるイタコの世界

ダ・ヴィンチニュース / 2013年8月19日 11時50分

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『最後のイタコ』(松田広子/扶桑社)

 東日本大震災以降、犠牲者の声を聴くために多くの人が訪れ、再び注目を集めているイタコ。しかし、東北地方では身近な存在で、かつて300人はいたと言われたイタコも、今では10人以下にまで減った。そんな“絶滅危惧種”となったイタコの世界に若くして飛び込み、現在最年少のイタコとして活躍している女性がいる。それが、松田広子(41歳)だ。彼女が書いた『最後のイタコ』(扶桑社)によると、幼い頃から体が弱く、医師からも見放されていた彼女は、イタコ通いするうちに健康になっていき、「イタコ」という職業に憧れを抱くようになったそう。普通の人にはあまりなじみのないものだが、彼女が憧れたイタコの世界とは、いったいどんなものなのだろう?

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 もともとは、「目の不自由な女性の生業」として古くから東北地方に存在してきたイタコ。松田や彼女が弟子入りしたイタコは目が見えるが、目に何らかの障害があることを理由に、親や周りの人に「おまえのためだ」と言われイタコに弟子入りすることを勧められ、泣く泣く弟子入りしたという人も多かったそう。少なくとも、自分から志願してなるものではなかったのだという。おまけに、修業を始めるのも「大体10歳前後から遅くとも15歳くらいまで」で、師匠の家に住み込んで家事や雑用をしながらこなさなければならない。そんな修業生活を、短くても1年、ときには7年かけて行うのだから、子どもたちが嫌がるのも無理はない。

 また、イタコになるための総仕上げの修業を「師匠上がり」と言うのだが、この師匠上がりがとてつもなく過酷なのだ。松田の場合は、3日間かかった師匠上がり。冷水を浴びる「水垢離」を1日3回。それ以外は、白装束を着てたった一畳の畳の上で修業を行う。頭、両手、両膝を地面につけて仏様にひれ伏す「五体投地」と般若心経を朝昼晩、108回ずつ。そして、それまで教えてもらわなかった経文を1日に1つずつ教わったり、断食や読経で神様が降りてくるまで心身を追い詰めるそう。松田自身も朦朧としながらひたすら勤め上げることを考えていたというが、19歳の若さでこの修業を乗り越えるのはかなり大変だっただろう。

 それを乗り越えて1人前のイタコになると、ようやく仕事を始めることができる。イタコの仕事には、大きく分けて4つのものがある。亡くなった人の霊を降ろす「口寄せ」と、心身の不調や家庭内のトラブルなどを祓う「お祓い」。東北の家に昔から伝わる守り神・オシラ様をお祭りする「神事」と「占い」だ。そのすべてで経文や祭文を唱えるのだが、なかには1時間を超えるものもあるそう。それに、体調不良の経文だけでも体の部位や症状によって細かく分かれており、「牛の腹痛を治すための経文」なんてものまであるのだ。何十種類もあるそれらの経文や祭文を覚えるのも一苦労だが、目の見えなかったイタコたちは何度も聞いて復唱することだけで覚えていたのだから、その苦労は計り知れない。

 他にも、さまざまな苦労がある。初めはとくに収入が少ないので遊びに出かけることもできないし、イタコはクレジットカードも作れない。口寄せのときはずっと正座なので、膝の痛みに耐えられずに泣いたこともあるし、周囲からの好奇の目やカメラのフラッシュなどにイライラしたこともあったそう。また、恐山で高齢の先輩と共同生活する時間は、かなりの「苦行」だったという。

 それでも彼女がイタコを続けているのは、「仏様の声を聞くことで、お客さんに元気になってほしい」と思っているから。イタコが減っても、悩みを抱える人々の数は減るどころかむしろ増えているのかもしれない。そんな人たちを救うためにも、彼女が本当に「最後のイタコ」になってしまわないよう、日本古来の伝統であるイタコという仕事を受け継いでいってほしいものだ。

文=小里樹
(ダ・ヴィンチ電子ナビより)

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