2020年の開催地決定直前! オリンピック関係者の壮絶な仕事ぶり

ダ・ヴィンチニュース / 2013年9月2日 17時40分

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『TOKYOオリンピック物語』(野地秩嘉/小学館)

 2020年のオリンピック開催地の決定がいよいよ9月7日に迫っている。今回の候補はマドリード、イスタンブール、そして東京。東京に決まれば『TOKYOオリンピック物語』(野地秩嘉/小学館)のドラマが繰り広げられた1964年から実に60年ぶりの開催となるわけだ。

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 オリンピックは今でこそ、国家の抱える様々な案件に照らし合わせて招致の是非が問われるようになったが、当時はそれこそ、最終選考に残るだけでも大変な騒ぎだったのではないだろうか。過去も現在も、オリンピックが国家の一大事業であることに変わりはない。

 開催は一国にとって名誉なことであり、莫大な金額が動くだけでなく、その後のその一国の行方やイメージに大きく関わってくる。現在では人やモノの往来に関するロジスティックやノウハウは一般人の生活の中でも普通に身に付いた感覚だが、東京オリンピックが開催された1964年は海外旅行すらまだ珍しかった時代。その中で、5000人以上にも及ぶ世界各国からの外国人選手たちを招き、しかも政府代表や要人の数々の訪問、言葉のわからぬ国からの観光客を膨大に抱え込むその一大事業をやり遂げよう、というその準備の困難は想像を絶する。

 そして見事に1964年の東京オリンピックは成功に終わるのだが、その本当の原動力は、敗戦以来初めて日本人がまたひとつになったという事実、新しい日本をアピールしようという全国民の一致団結があったからにほかならない。その情熱が読むものの感動を誘わずにはいられない。

 オリンピックで初めてポスターに写真を起用した抜群のセンスを持つグラフィックデザイナー亀倉雄策。毎日1万人の食卓を司ったシェフ村上信夫。自衛隊や警察と並んで民間の警備会社として活躍した日本警備保障。集計システムを劇的に改善したIBMのエンジニアたち。記録映画を担当した市川崑とそれを支えるスポーツ映像のプロフェッショナル、などなど、東京オリンピックの成功に欠かせなかった影の立役者たちの仕事を丁寧に追い、まとめた1冊。

 果たして、今回の開催地が東京になったら、これほどのパッションを持って人々は関われるだろうか、という素朴な疑問も湧く。が、このタイムリーな時期に過去の熱狂を再び感じとってから、候補地決定を待ち受けるのも悪くない。

文=ワイコブ
(ダ・ヴィンチ電子ナビより)

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