低視聴率の理由はネットではない! 『半沢直樹』『あまちゃん』で言い訳できないテレビ業界

ダ・ヴィンチニュース / 2013年9月12日 11時30分

写真

『「視聴率」50の物語 テレビの歴史を創った50人が語る50の物語』(ビデオリサーチ/小学館)

 「もうオワコン」と言われつつも、『あまちゃん』や『半沢直樹』など、社会現象を巻き起こしているテレビ業界。今年はNHKと日本テレビが開局60周年を迎えた記念イヤーだが、じつは視聴率調査を行うビデオリサーチが創立されて50周年の節目でもある。そこで今回は、50周年を記念して出版された『「視聴率」50の物語 テレビの歴史を創った50人が語る50の物語』(ビデオリサーチ/小学館)から、視聴率にまつわるテレビ裏話を紹介しよう。

関連情報を含む記事はこちら

 まず、1987年から続く長寿討論番組『朝まで生テレビ!』の仰天エピソードから。『朝生』が高視聴率を取った企画のひとつは、88年に放送した「天皇論」の回。ちょうど昭和天皇の様態が悪化し、自粛ムードが日本を覆った時期で、田原総一朗は“菊タブー”を破るこの企画を提案。しかし、当時の編成局長からはもちろんダメ出しを受け、「オリンピックと日本人」をやろうと逆に持ちかけられた。それでも田原は「(番組が)始まる時はあんたは寝ているはずだ。何が起きても、気づかないはずだ」と説得になっていない説得を展開。「俺をだます気か」と言い返され、「オリンピックと日本人」をやることに。

 だが、開始30分で「今日はこんなことやってる日じゃないだろう」となり、話は「天皇論」に。街宣車が抗議でテレビ局に押しかけないよう、右翼の大物・野村秋介をキャスティングしていたことからも、事前に「天皇論」に方向転換させることは決めていたのだろう。この回の最高視聴率は、深夜では異例の5.1%。田原は編成局長から「大晦日にもう1回やってくれ」と言われたという。なんという手のひら返し! と思うが、田原はこのエピソードを振り返って「テレビって面白いでしょう」と話している。

 視聴率が高ければ、番組が打ち切られることはそうそうない。逆にいうと、数字は生命線だ。今では高視聴率バラエティ番組として安定している『世界の果てまでイッテQ!』も、ディレクターの古立善之によると、番組開始時は視聴率が伸び悩み、さらに海外ロケが多いため、当時のユーロ高に影響を受けて大赤字だったという。そんな番組存続の瀬戸際を救ったのは、もちろんイモトアヤコ。大学生だったイモトのVTRを番組のメインにしたところ、大幅に視聴率が上がったのだ。

 しかし、なぜ素人同然のイモトを起用したのか。そこには彼女のレスポンスのよさもあったが、古立が参考にしたのは萩本欽一の「番組をヒットさせるときに遠いところから連れてこい」という理論だった。有名な人よりも、誰も知らない人のほうがハネる可能性は高いのではないか……その見立ては見事に当たったわけだ。古くは『進め! 電波少年』が、最近では『月曜から夜ふかし』の株主優待券生活の桐谷さんなどが話題になっていることからも、古立の「人探しに勝利した番組は当たっています」という言葉には納得だ。

 もちろん、視聴率の捉え方は人によってさまざま。『探偵! ナイトスクープ』のプロデューサーである松本修は“数字は悪いけど、いい番組”というのは言い逃れだと話し、一方、『アメトーーク!』のプロデューサー、ディレクターである加地倫三は「視聴率をまったく吟味しません」と語っている。むしろ、長く視聴者に愛され続けている両番組から見えてくるのは、問題は視聴率ではなく、面白さ、新鮮さを追求する姿勢。前出の田原が「コンプライアンスに縛られない土俵をいかに用意するか」が重要だと話すように、テレビ離れの一因は批判を恐れて“無難”に済ませる傾向にもあるのではないか。

 『家政婦のミタ』や『あまちゃん』『半沢直樹』などのブームで、視聴率が取れない言い訳をネットに押しつけられなくなったテレビ業界。目を向けるべきは、その内部にあるのかもしれない。

(ダ・ヴィンチ電子ナビより)

ダ・ヴィンチニュース

トピックスRSS

ランキング