専業主婦が描く故郷を離れたアフリカ女性の物語

ダ・ヴィンチニュース / 2013年11月10日 11時20分

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『さようなら、オレンジ』(岩城けい/筑摩書房)

 第29回太宰治賞を選考委員ほぼ全員一致で受賞したという『さようなら、オレンジ』(岩城けい/筑摩書房)が単行本になって刊行された。著者は岩城けい。オーストラリアに暮らす専業主婦だという。

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 物語の主人公サリマは難民のアフリカ女性。内戦を逃れて夫と幼い子供たちとオーストラリアにやってきた。露骨な差別は受けていないものの、見た目の違いから周囲からの視線が気になるし、言葉も必要最低限しかわからない。心なしか子供たちの元気もなくなったようだし、夫は仕事を辞めて失踪してしまっていた。

 その状況をサリマは「重い」と感じながらも、「日々の暮らしが流れ作業のごとく始まってしまっていた」のである。

 サリマは、好きで選んだ仕事ではないがスーパーの食品加工場での職に就く。しばらくするとその仕事にも慣れ、生肉や魚を上手く捌けるようになるのだが、職場に対して感じるよそよそしさはなぜか消えない。サリマは、もっと職場に慣れ、同僚と「馴れ合う」ために必要なものは言葉なのだと、自身が発している「この尖った言葉をきれいに捌いてやろう」と決意する。

 サリマはたくましい。言葉を学ぶために、仕事を続けつつ、自分でも思いもかけなかった英語学校に通うという決心をする。彼女の言葉に対する貪欲さは職場のためだけではなく、すでに自分より上手に英語を操るようになった2人の息子との関係のためでもあるのかもしれない。

 通い始めた英語学校で、サリマはハリネズミという日本人と出会い友情を深めていく。学校には他にも、スカンジナビアから来た妖精のような女の子たちや、イタリア系の年配の女性などいろいろな人が集まっているのだが、その中でもサリマの英語力はずば抜けて低く、ハリネズミからも「素養というものが、まるで見当たりません」なんて言われるほど。

 それでもサリマはぐんぐん前進する。言葉を自分のものにするたびに世界を自分に引き寄せていく様は感動的ですらある。職場でも勤勉さが認められ責任ある立場にもなっていく。もちろん全ては順調ではなく、別れた夫からの突然の連絡や、ハリネズミの子供のことなど、さまざまな大変なことが起こる。

 序盤で職場の同僚たちが××に行って○○を手に入れなさいよ、などと買い物の話をしているのをサリマが聞くという場面では、難民という立場で異国に暮らすということの困難さを感じられる。手探りにもほど遠いのではないか。

「××に行けば、○○が手に入る。そんな単純なことが話題になって女たちを喜ばせているのに、サリマの××はほど遠く、○○は雲のようにつかみどころのないまぼろしに思えた。××でオレンジ色を手に入れたい。けれど××がどこなのか、サリマにはまったく、想像も出来なかった」

 しかし、行く先がまったく想像できなくてもサリマは行動する。そしてサリマだけでなくこの小説にでてくる女性たちは皆力強く、存在感がある。アフリカ女性を主人公にしているが、共感しながら読み進めてしまうだろう。そして、最後にある謎が明かされるのだが、この仕掛けによってますます内容が身近なものになる。『さようなら、オレンジ』は、難民の小説であり、差別の小説であり、言葉の小説であり、女性の小説だ。そして日本人女性にしか描けなかった物語なのだ。

文=村上トモキ/ダ・ヴィンチ電子ナビ

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