ドクター・キリコ事件、集団自殺、無差別殺傷事件…サイバー空間に存在する闇と犯罪

ダ・ヴィンチニュース / 2014年2月27日 15時20分

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『IT社会事件簿』(矢野直明/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 従来、犯罪というのはほとんどの場合、人と人とが直接にふれあって発生するものであった。暴行、殺人、傷害、詐欺、スリ、横領や万引きでさえ人の目を欺くという形で他者を視野に入れた犯罪である。今風にいえばリア犯である。

『IT社会事件簿』の本文(一部)が読める【画像あり】

 だが近年、この犯罪分布図はひどく変わってきている。ITが日常的に私たちの身の回りに浸透してきたせいだ。

 私たちのような仕事をするものは、つい10年、15年前まで、頻繁に編集者と会っていた。それは多くの著者が手書きであったため、手から手へ原稿を渡す必要があったのだが、なによりも顔と顔を見合わせ、たとえば今の連載がどんな受け取られ方をしているか、それとなく編集者の顔色をうかがうのである。相手の方は相手の方で、著者の機嫌を推しはかりここのところの仕事をほめるかちょっとだめ出しをするか、考えるのだ。つまり、物書きというのは編集者の刺激を受けて作品を生み出す生き物であった。

 これが様変わりしたのはメールが登場し、それを打ち直すことなくそのまま入稿できるようになってからである。数年の連載の間、担当の編集者と一度も対面しないことも珍しくない。飛び込みの原稿ならなおさらだ。電話すらかかってこない。困ってしまうのである。誰に向かって書いたらいいのか分からないからである。四方山話をしながら腹を読み、編集者がどのようなものを望んでいるか、なにを書けばこの人が喜ぶか、そういう「書くための手がかり」を、ITの発達のおかげで失ってしまった。

 これは私たちだけの事情では決してない。店員の手から直接買っていた書籍を、こうして電子書籍という形で、誰にも触れずに私たちは手にするようになった。犯罪も例外ではない。ITの普及によって、被害者と会わずとも犯罪を実行できるようになったのは、一種の革命であろう。マイナスの革命だ。

 『IT社会事件簿』(矢野直明/ディスカヴァー・トゥエンティワン)の前書きで、著者はこのように書いている。

「インターネットが引き起こした国内外の代表的事件事故26件を選んで、その概要をなるべく正確に記録し(中略)これからのIT社会を豊かなものにするための教訓を引きだそうとしたものである」

 なのだが、もう興味本位一辺倒で読んでもこれがなかなか面白いのであるからどうしましょ。ちなみに私はその口だった。軽薄千万なことではある。

 冒頭にしたためられているのは、「ドクター・キリコ事件」。「ドクター・キリコの診察室」なるサイトで知り合った自殺志願の女性に、これさえあればいつでも死ねる。だから、今死ぬ必要はないといったような気持ちで、ある男性が青酸カリを送ったが、その女性がほんとうに青酸カリを飲んで死んでしまったという事件だ。男性も事件直後に自殺している。

 著者はこの事件によって、世間の人々はサイバースペース(電脳空間)なるものの存在をはっきりと確認し、それを危険なツールだと認識した、と著者はいう。以下、コメントや関連資料をはさみつつ、この仮想空間を舞台に展開された犯罪を著者は次々とあげていく。

 自殺サイトで知り合った見知らぬもの同士が集団自殺するという得体の知れない事件。ホームページに悪口を書かれたという理由で小学校6年生が同級生を殺害した事件。実行をブログにリアルタイムで書き込んでの秋葉原無差別大量殺傷事件。などなど。

 読んでいるといつの間にか自分が鬱々とした気持ちになっているのを発見する。どれも陰惨な、あるいは陰湿な事件ばかりだからだ。その暗さのことを、「インターネットの闇」と呼ぶなら私は反対しない。

文=岡野宏文

ダ・ヴィンチニュース

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