ドラえもん誕生のきっかけは、藤子・F・不二雄の過去にあった?

ダ・ヴィンチニュース / 2014年4月4日 11時30分

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『藤子・F・不二雄の発想術』(ドラえもんルーム/小学館)

 『ドラえもん』や『パーマン』『キテレツ大百科』など、多くの子どもたちを虜にする作品を生み出してきた藤子・F・不二雄。そんな彼のマンガ論や仕事術に関する名言を集めた『藤子・F・不二雄の発想術』(ドラえもんルーム/小学館)が2月3日に発売された。そのなかから彼がどんなふうにマンガと向き合ってきたのか紹介してみよう。

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 まず、とにかく何よりも自分のなかの「好き」を優先させてきたという藤子F。好きで世界中の遺跡を歩いてきたという藤子Fは、はじめからマンガの材料にするために歩いたわけではない。「たまたま撮った写真や集めた資料が、マンガに役立った」だけなのだ。映画を見たり本を読むときでも、楽しみのために見るので「ネタ探しの目的で見たり読んだりすることはまったくない」というし、見終わったら忘れてしまうそう。それでも、常になんらかの刺激を受けて触発されることでアイデアが生まれるし、そこから自分にとっておもしろい作品を描いてきたのだ。

 また、手塚治虫の作品に出会って、彼から「読者の存在」を意識することを学んだという藤子Fは、「あんなことができたら」「あんなものがあったらなあ」と空想を広げ、みんながどんなことをしたがっているか細かく気を配って集めたという。自分がおもしろいと思えるのは大前提だが、多くの人に読んでもらうには、それだけでは足りない。「プロは、ひとりでも多くの読者を満足させてこそプロと言えるのです」という言葉を残しているように、藤子Fは読者に「楽しんでもらうため」のマンガを一貫して描き続けてきた。この姿勢があったから、彼の作品は何年経っても多くの子どもたちに愛され続けているのだろう。

 でも、だからといって「大人の感覚で子どもに媚びようとするとダメ」になるという。「自分自身が子どもに戻ったつもりで、話を展開させないといけない」ので、自分が子どもの頃に好きだった絵本や児童文学を見て思い出したり、自分の子どもを見ながら一生懸命探る努力をしていたようだ。だから、大人を加工して子どもを描くのではなく、言動や考え方も大人とはまったく違う生物だと思って観察する。あるいは、自分の中にいる子どもを見つけ、過去の自分を見るそう。「子どものころは一言で言うと、のび太の生活でした」という藤子F。イジメられっ子だった彼は「ドラえもんみたいにイジメっ子をギャフンと言わせるものが、ポケットから出てきたらいいな」と思っていたという。そんな彼の過去があるから、ドラえもんというキャラクターが生まれたのだろう。

 藤子Fのブレないマンガに対する思いを知れば、『ドラえもん』や『パーマン』だってまた違って見えてくるだろうし、何倍も楽しむことができるかもしれない。

文=小里樹

ダ・ヴィンチニュース

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