ヒトラーが現代に現れたら? そんな「もし」を描きながら文明を考える

ダ・ヴィンチニュース / 2014年4月17日 11時0分

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『帰ってきたヒトラー』(ティムール・ヴェルメシュ/河出書房新社)

 油断をしていると、くさぐさのものが帰ってきてしまうこの世界はくすぐったい。

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 『帰ってきたウルトラマン』。帰ってくるぐらいならなぜ行ったのか。むしろ「帰ってこないウルトラマン」の方が深夜4時に新宿の裏角でラーメンをかっ込むウルトラマンを想像させて愛しい。ウルトラマンの口は開くことがあるのだろうか。

 『帰って来た用心棒』。マカロニウエスタンのヒットに乗じて作られた東映のテレビ時代劇。まさか黒沢明へのオマージュとはいわせない主演の栗塚旭を知る人は無残にももういない。

 『帰ってきたヨッパライ』。加藤和彦に何があったのか。

 帰ってきた宿六。ほとばしるDVとともに、華麗に吹き出す吐瀉物のミラージュが6畳間に描く7色の聖画を思わせて胸が躍る。

 『帰ってきたヒトラー』(ティムール・ヴェルメシュ/河出書房新社)もそのタイトル通りヒトラーが帰ってきた物語だ。大変なやつが帰ってきたものである。

 2011年、ベルリンのとある空き地で、アドルフ・ヒトラーはふと目を覚ます。66年にわたる記憶は抜け落ちているどころか、自殺したことすら忘れている。忘れているからこそ、彼は戦中のままの視点で現代のドイツの政治や風俗を厳しく批判し、ユダヤ人への理不尽な差別も含めた、ドイツ民族に対する「理想」を過激に述べ実現しようと活動を始めるのだ。

 ナチの制服をまとったヒトラーの言動はその奇矯ぶりゆえ、「そっくりさんあるいは物まね芸人」としてテレビメディアの目にとまり、YouTubeを通じて瞬く間に人気は沸騰していくのであった。世間からもてはやされた彼は、やがて政界にも乗り出していこうとするのだったが…。

 ヒトラーの著書『わが闘争』が禁書にされ、ナチスじみたふるまいすら法律で禁止されている現代ドイツにおいて、この小説はきわめて危険であると同時に、90万部というベストセラー現象もちょっと見には不可思議ではある。

 だが理由は読んでみれば納得する

 ヒトラーもちまえの有無を言わせぬ行動力や、徹底したドイツ国民(のみ)への愛、常に前向きな不屈の精神などなどが読者を強く魅了しながらも、彼をあくまでも芸人と勘違いするメディアの側からの視線によって、ヒトラーは相対化されるのだ。相対化というのは、ヒトラーの主義主張に待ったをかけるチャンスを読み手が獲得するということである。

 そうして、相対化の結果、すべてに笑いが生まれる。軽薄そのもののメディアの姿について、現代文明の滑稽さについて、なんだか偉人に見えてくるヒトラーの剣呑さについて、あれについてもこれについても、とにかくひっるめて笑いながら読破することができるのである。

 現代人は誰もが道化である。帰ってきたらヒトラーもその例外ではなかった。

文=岡野宏文

ダ・ヴィンチニュース

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