昔々の日本は良かったなんて大ウソ!? 毒親、毒子ばかり? 古典から知る残酷な親子関係

ダ・ヴィンチニュース / 2014年4月25日 11時50分

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『本当はひどかった昔の日本 古典文学で知るしたたかな日本人』(大塚 ひかり/新潮社)

 幼児虐待やネグレストなど、親による子どもの被害が絶えない。去年は、ビックダディの元妻・美奈子さんや、女優・遠野なぎ子さんらが体験談を語った毒親が話題になった。子どもばかりではない。介護疲れによる親に対する虐待もよく聞く。親子関係の希薄さが度々取り沙汰される昨今だが、『本当はひどかった昔の日本 古典文学で知るしたたかな日本人』(大塚 ひかり/新潮社)を読めば、こうした問題が今に始まったわけではないことがわかる。

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 『曽根崎心中』で有名な浄瑠璃作家・近松門左衛門。心中物を多く残しているが、著者によると、“毒親カタログ”として読むことができるという。心中の原因が、彼らの親につながることが多いからだ。

 近松の著作『長町女腹切』(1712)では、欲深な継父が、継娘のお花を10年も女郎奉公させた上に年季をさらに伸ばそうと、恋人との仲を裂こうとする。「年季を延ばして男との仲を引き裂こうとするのはあんまりむごい。本当の親より継父はもっと大事と心がけ、ずいぶん孝行を尽くしたけれど、あなたは私にみじんも憐みはございません」と大声をあげて泣くお花に対して、継父は「お前の母にゃ何の見込みもないが、お前を売って食うために夫婦になった」と、お花に言い放つ。そもそも継父が、お花の母親と結婚したのも、お花を金にするのが目的だったというわけだ。

 江戸時代は離婚率が高く、継父・継母は多かったようだ。近松の物語は、親のために行き場をなくして死に逃げ込む主人公が多いことから、「世の不幸のひとつは親子関係に端を発すると近松はにらんでいたのでは」と著者はいう。

 継父・継母に限らず、実の親もまた子どもを乱暴に扱う場面が、平安時代末期に成立した説話集『今昔物語集』に多く登場する。例えば、山で物乞い2人に犯されそうになった若い母親が、幼い子どもを人質において逃げたという話。逃げてきた母親に事情を聞いた武士たちが現場に駆けつけると、すでに子どもは殺されたあとだった。武士たちは、「子はかわいいけれど、物乞いに身を任せるわけにはいかないと思って逃げたのだろう」と、女の行為を褒めているのだ。今であれば、母親が子どもを犠牲にして逃げたと非難されるだろう。しかし当時の人々は、母親が貞操を守るために泣く泣く子どもを犠牲にしたと、好意的に受け止めていたらしい。現代に比べ、いかに日本人の育児意識が低かったかがわかる。

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