「被虐待者は幸せに対してより自由」 精神科医が語る彼らの強みとは

ダ・ヴィンチニュース / 2014年5月8日 9時20分

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『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(高橋和巳/筑摩書房)

 半年程前だっただろうか。幼少時代から父親に性虐待を受け続け、家出してきたという17歳の少女に出会った。3時間ほど話し続けたあと「ネットで検索しても、DVは出てくるけど、私と同じような体験については書かれてなくて、誰とも共有できなかった」と打ち明けてくれた。

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 “マス”メディアである私たちは、“マス(大衆)”を対象としたニュースを流すのが仕事だから、“マイノリティ(少数派)”が必要とする情報を隅に追いやってしまいがち。そこで改めて本屋や図書館で専門書を開くことを勧めたものの、自分自身も気になってしまい、ようやく精神科医で医学博士の高橋和巳氏の著書『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(筑摩書房)にたどり着いた。彼女がこの記事に気づくかどうかは分からないけど、あえて“ネットで”紹介したいと思う。

 高橋氏の本が数ある虐待について書かれた著書の中でも優れているのは、被虐待者の「弱み」ではなく「強み」について、臆することなく書かれている点だ。通常、この手の本を取ると暗く、やるせない気分になることが多いのだが、同書に限っては、むしろ勇気づけられる。普通ではない家庭に育ち、人と違う視点と感情を持って社会に参加している被虐待者たちを、高橋氏は「異邦人」と呼んでいるのだが、国や社会を変革する人の中に、そんな異邦人が多いそうだ。「社会に大きな影響を与えるような創造やイノベーションは、常識の中からは生まれない」とその理由をあとがきで綴っているが、高橋氏のイノベーティブな視点には説得力がある。

 また、同氏が描く異邦人の姿は、決して悲観的ではない。幼少時代に十分な食事を与えられなかったせいで、「美味しい」という感覚や「ぐっすり眠る」という感覚を失っていた主婦が、それを取り戻す過程や、シングルファーザーとなった元虐待児の中年男性が、生き急ぐばかりに、妻や娘と十分なコミュニケーションをはかることができていなかったと気づく瞬間などを、優しく、静かに描いている。

 そんな高橋氏が異邦人から学んだという人生の幸せとは、一に、美味しく食べて、二に、ぐっすり眠れて、三に、誰かと気持ちが通じ合うこと。普通の人は他人との関係が豊かなので、意識せずに他人と比較し、自分の幸せの度合いを相対的な位置関係の中で評価するが、被虐待者は、周りと比べてどれほどのものなのかを知らなかったので、誰とも比較しなかったし、どれほど幸せなのかも評価してこなかった。よって、幸せに対してより自由に、そのままに感じることができ、そのままに幸せになることができるという。これは、虐待を受けた人が回復していく時に見られる共通の感覚なのだそう。

 無論、必ずしも全員が全員、ここに出てくる人たちのような成功体験を得られるとは限らない。中には、ずっと長いトンネルの中を歩かされているような気分でいる人もいることだろう。ただ、世の中で被虐待者が語られるときは、事件性や被害者性ばかりクローズアップされてしまい、心の傷を回復するために必要な情報がまだまだ不足している。二次被害の抑制とプライバシーの保護を踏まえながらも、それを必要としている人たちにどう情報発信し、リーチしていくか。とかく閉鎖的になりがちな業界において、それに果敢に挑戦している医師がいることに、感銘を受けた。

文=山葵夕子

ダ・ヴィンチニュース

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