「説明放棄」「幼児退行」…、きれいな言葉がひしめく「ポエム化」問題を整理する

ダ・ヴィンチニュース / 2014年6月21日 7時20分

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『ポエムに万歳!』(小田嶋隆/新潮社)

 今年1月、NHK『クローズアップ現代』で「ポエム化」問題が取り上げられていた。感謝、幸せ、仲間、絆、夢などの耳ざわりのよい言葉が社会へ溢れているものの、地域問題、若者の労働環境悪化に関連して、本質が覆い隠されているという問題提起に様々な反響が寄せられていた。

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 そこで、同番組にもコメンテーターとして参加していたコラムニスト・小田嶋隆氏の著書『ポエムに万歳!』(新潮社)に基づき、ポエム化現象を整理していこう。

 小田嶋氏は著書の中で、ポエム化が「完成」した時期は東日本大震災直後からだと指摘している。顕著に表れていたのは、ACジャパン(旧公共広告機構)のCMだ。金子みすゞの詩から「こだまでしょうか」という一文を引用した内容は、「異様なまでの浸透力で、われわれの心根に刷り込まれた」と語っている。

 さらに、小田嶋氏は「区別はつけづらい」という前置きをしながらも、詩とポエムのあいだにみられる差異についても言及している。詩はそもそも「情報を伝達するための言葉」が使われておらず、作った人自身の中で「反響」した言葉により形作られているとしている。そのため、人それぞれが詩自体にどう反応するかはまちまちで、その中では「異様に共鳴する人が現れたりもする」と語っている。

 一方、ポエムは少々過激な表現にはなるが「詩になりそこねた何か」もしくは「詩の残骸」と表現している。そして、子どもが授業中に作る詩のような「何か言い淀んだまま次の話に行ってしまう調子」の文章に近く、また、その先で現在みられるポエム化自体がときに「説明放棄」「幼児退行」のようにみられるともふれている。

 そして、J-POPの歌詞に注目する中で、そもそも人それぞれが言葉だけを受け止めているだけではなく、文章や歌詞を綴る人間の「境涯」や「人格」などをふまえた上で、言葉そのものを聞いていると語っている。あくまでも小田嶋氏の説明を独自に解釈したものとはなるが、つまり、言葉自体は単なる伝達手段でしかない。それを発信する人間の生まれてきた背景や人柄などが見えてきた中で、初めて具体的な意味が生まれてくるものだということである。

 本書では他にも、テレビのニュースや有名人の発言、J-POP、社会的な事件などを取り上げながら、ポエム化した社会への著者からみた独自の見解が多数綴られている。時には過激な表現なども含まれるが、生々しい言葉を並べることであえて本質を浮き彫りにしているようにもみえる。

 ポエム化されたきれいな言葉を使うこと自体、悪いものだとあたまから断罪することは難しい。ただ、社会はきれいに見えるものばかりではなく、時には目をそむけたくなるほどの現実に直面する可能性もある。そのため、本書にみられる問題提起をわずかでも頭の片隅に留めつつ、臭いものにふたをすることなく事実を受け入れて向き合い、ひとつひとつのものごとを冷静に分析していく視点も必要だろう。

文=カネコシュウヘイ

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