言葉の絶望性をめぐって展開する切なく痛いダーク・ファンタジー

ダ・ヴィンチニュース / 2014年7月29日 13時30分

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『バベルの図書館』(つばな/太田出版)

 「バベル」というのはみんな知っている。バベルの塔とかいう。なんかこう、人間が高い塔を建てて神様に崩されるお話だ。そんな具合に、みんな知っているけれど、もともとを読んだ人は意外に少ないのではないか。読んでなくともなんとかなるのがこの手の寓話だ。

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 だけど今日はちょっとマジにバベルを、マジバベで見てみよう。バベルの塔の逸話は、旧約聖書創世記第11章に出てくる。ちなみに11章は、これまた有名なノアのエピソードのすぐあとだ。昔から人間つうのは増えるのが早いらしい。でバベル。こう書いてある。

 「全地は同じ発音、同じ言葉であった。(中略)彼ら(人間たち)はまた言った。さて町と塔とを建て、その頂を天に届かせよう。」これを見た主の言うことにゃ「彼らがしようとすることは、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、我々は下って行って、彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」とのたまわれたんですな。

 おかげで、天の、つまり神の領域にまで届く塔を建ようとした傲慢と、あらゆる事をなしとげかねないテクノロジーの暴走の罰として、人類はあまたの「言葉の壁」によってコミュニケーションの半断絶状態におかれている。それはいまも続いている。だいたい、そんな感じです。

 話は横にそれるのだが、聖書の記述でおもしろいのは、バベルの塔そのものは打ち壊されていない点だ。なかなか示唆深い。要するに言葉が問題なのである。神は言葉を壊されたのである。これはどういうことかというと、言葉とはコミュニケーションの手段というより、むしろ意思伝達不可能のツールである。聖書はそう言っているのだ。

 つばな著『バベルの図書館』を読んでいると、作品の核心が言葉に結晶していると分かる。

 女子高生・相馬かなえはかつて天使を見たことがあると主張し、現実の世界よりずっと美しい天使をもう一度出現させるために、まじないめいた行動をあれやこれやと考え出しては実行している、ある意味「痛い」少女だ。天使が通り抜けてやってくる「天使の抜け道」を作るため、天使の絵を描き続けてもいる。

 紙を触ればそこに書いてある言葉をすべて見通せる能力を持つ少年・渡瀬量は、いたずら心で作文の時間に、相馬の作文をそっくりそのまま写したことにより、彼女と仲良くなる。2人は「天使の抜け道」を一緒に見つけようという相馬の提案で、気がついた情報を何でも交換するために文通を始める。

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