ダジャレ、エロ、萌え、擬人化…「江戸時代のコミックス」が面白い!【今も昔も変わらない日本人が求めるマンガ】

ダ・ヴィンチニュース / 2014年8月6日 12時0分

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『江戸マンガ1 芋地獄』(アダムカバット/小学館)

浦島太郎  「お鯉(り)の、そんな本気なことを言ったってやはり魚だから、人間の俺をコケにするってのはナシだよ」
お鯉(り)の「つれないことを! この胸をさいて鯉の洗いにして、洗いざらい見せとうござんす」

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 江戸時代後期の浮世絵師・戯作者の山東京伝が描いた黄表紙『箱入娘面屋人形(はこいりむすめめんやにんぎょう)』に出てくるセリフ。美人女房・乙姫様に飽きた浦島太郎は、鯉と恋をして浮気。緋鯉の娘・お鯉(り)のとイチャついて交わすやりとりは、鯉だけに鯉料理「鯉の洗い」を使ったダジャレが巧みだ。

 黄表紙とは、江戸時代に流行した本のスタイル。庶民向けの絵入りの読み物を草双紙といい、そのジャンルのひとつだ。それまでの草双紙が子供向けの絵本だったことに対し、黄表紙は江戸の風俗を背景にした大人向けのパロディー文学。文章と絵が融合しマンガに似ていることから「江戸のコミックス」とも呼ばれるとか。これらを超訳してセリフをフキダシに入れ、まさに現代のマンガに仕立てたのが『江戸マンガ1 芋地獄』(アダムカバット)『江戸マンガ2 人魚なめ』(棚橋正博/小学館)である。

 これが実にオモシロイ。江戸時代に作られた本なんてわかりづらく読みにくそうと思いきや、ぐいぐい読み進んでしまう。それは、冒頭に紹介したようなダジャレのオンパレードだから。また、いかにも大人の読み物らしいシュールなギャグも。

「フグを集めてお安い遊郭ができたってね。フグだけに当たるとこわいが、一発百文というから、一発行ってみるか」

 海の中にできた遊郭を訪れた魚のセリフである。フグの毒とかけた梅毒は怖いけど、百文という安い値段で一発…というわけ。エロネタに時代など関係ない。作者のちょっとふざけた趣向を読み解くおもしろさがある。

 エロはともかく、“萌え”はまさに現代の文化…と思いきや、これがそうでもなかった。兵器(“艦これ”)も鉄道(「ファステックたん」/杉本よしあき氏デザインのキャラクター)もゴキ●リ(『ごきチャ』/芳文社)も、なんでも人間に置き換えてしまう昨今。2本足で立たせて言葉をしゃべらせても姿はあまり変わらない単なる擬人化(なんでもいいが、例えばジブリ映画『猫の恩返し』の猫たちとか)と一線を画した“萌え擬人化”が大流行中だが、山東京伝の『人間一生胸算用』にその片鱗が。なんとヒトの目・鼻・口・耳・手・足のそれぞれのパーツが、人間の姿になって動き出す。これらを支配するのが、同じく人間の姿をした「心」。「心」をそそのかそうとするのが、「気」だ。例えば、初ガツオ売りの声が響くと、「耳」が聞きつけ、「口」が食べたがるものだから、「気」と「心」のこんな会話が始まる。

気 「もし旦那、思い切って初ガツオをお買いなされぬか」
心 「いやはや、俺は清水の舞台へ上ったとしても買わぬわえ」

 こんな堅物の「心」にうんざりした「気」「目」「鼻」たちが、ついに反乱。「心」を体から追い出してしまい、残ったパーツたちが好き勝手やって騒動を起こすというストーリーだ。「心」を確かに持つことが大切といった結末で、これは次々と出版される現代の自己啓発本のよう。実際、この物語は当時シリーズとなってヒットを飛ばしたという。

 現代のマンガに通じる要素満載の黄表紙。テレビもネットもない時代にあって、情報量も働き方も寿命も何もかもが今とは違う。当然考え方も違ってきそうなものだが、時代を超えて心にグッとくるものは同じらしい。ということは、江戸時代に“艦これ”ならぬ“駕籠これ”を持ち込めばウケる? 平安時代なら“牛車これ”がウケるかも…。

文=佐藤来未(Office Ti+)

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