記憶を忘れない「耳」を水と墨で描く意欲作【ブックレビュー『耳は忘れない』森泉岳土】

ダ・ヴィンチニュース / 2014年8月17日 5時50分

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『耳は忘れない』(森泉岳土/KADOKAWA エンターブレイン)

 水で描き、墨を落とし、細かいところは爪楊枝や割り箸を用いるという独自の表現方法で新しい世界観を描く森泉岳土の短篇集『耳は忘れない』。表題ともなっている最新作から、デビュー作「森のマリー」までが収録されています。

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 芸術的な技法で新境地を開拓する作者の進化が、デビュー作から最新作までを追うことで見えてくる1冊。読むうちに、作者の試みが技法だけに偏っているのではないことが明らかになります。

 それが顕著なのは、やはり最新作でもある『耳は忘れない』。「耳」が「忘れない」という奇妙な単語の取り合わせですが、紐解いてみるとナルホド。記憶をたっぷりの「音」で表現しているのです。コミックを読んだことがある人なら、ページから音を聞いた経験はあるはず。それは、キャラクターのセリフであったり、効果音や描き文字であったり。読む者にとって、ただ「見えている」だけなのに「聞こえてくる」という不思議。いわばコミックがみせる魔法のようです。

 しかし、「耳は忘れない」で描かれる「音」の表現は、さらに意欲的でファンタスティック。主人公が旅先で耳にしたさまざまな人たちの会話や音楽、生活音といった音を出すものから、場の空気感や心情といった音を出さないものまでもが、わずか20ページほどの中にぎっしりと詰め込まれており、オシャレでどことなくフンワリしていて、けれど一抹の物悲しさが漂う「音で満たされた世界」に浸ることができます。

 本作に収録されている短編からは、いずれも技法に限らない、新しい表現を開拓しようというアグレッシブな姿勢がうかがえます。脳内再生が余裕の人なら、追体験までもできそう。いかにも玄人ウケしそうな本作をいつでもどこでも見られる愛機に入れておくと、生活が少し贅沢に感じられるかもしれません。

文=ルートつつみ

ダ・ヴィンチニュース

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