被災者たちに「哀しみの終わり」はあるのか―伊集院静『それでも前へ進む』レビュー

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月6日 8時0分

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『それでも前へ進む』(伊集院静/講談社)

 飾らないひと言に心をつかまれる時がある。書名だけで伝わるメッセージがある。読む前から作者の魂を感じる本がある。

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『それでも前へ進む』(伊集院静/講談社)は、そんな一冊だ。

JR東日本の車内誌「トランヴェール」にて連載され、2000万人が泣いたと言われる伊集院氏の伝説のエッセイ「車窓に揺れる記憶」。2009年4月〜2011年3月までの連載分に、120分の新規語り下ろしを加えたのが本書である。

 車窓の外を流れる風景を見ているかのように、浮かび上がる作者の思い出や日々の出来事。短い文章で描かれる小さなエピソードのそこかしこに、伊集院氏の「生」への思いが見え隠れする。

 学生時代に事故で弟を失くし、病で妻(女優・夏目雅子さん)と死別した伊集院氏は、深い哀しみを長い時間をかけて乗り越えて来た。それでも不意に近親者の死の記憶が忍び寄ったとき、思い出す映画の一人の老婆の言葉があるという。

「あなたはまだ若いから、わからないだろうけど、哀しみにも終わりはあるのよ」

人と人との出会いの中でしか得られない言葉も、喜びも哀しみもあるのだと、伊集院氏はエッセイの中で、何度もなんども読者に訴えかけているように感じた。大切にしたい、日本人の心の風景とともに。

 2011年3月11日後、震災後の日本人の風景を、伊集院氏はどう見ているのだろうか? 

仙台在住で、自らも被災者となった伊集院氏は、現場の声を聞こうともせず迷走を続ける政治に呆れ、買い占め騒ぎの起きた東京の混乱を嘆き、マスコミが安売りする「絆」に違和感を覚え、日本という国の未来を憂いた。

 だが、そんな中にあっても、希望はあった。取材で出会った東京の若い記者が「被災地を満たす哀しみに対して何ができるのか」と悩んでいた。

 娘さんを津波で亡くした女性は、娘さんの遺体が見つかったとき「うちはまだ見つかったので本当にありがたい」と、哀しみより先に感謝を口にした。

 被災した人たちは「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」と思わなかった。周りの皆が同じ、それ以上の哀しみを持っていると知っていたから。その哀しみを絶望にもっていってはならないと知っていた。

 それは、諦めるにはまだ早い「日本人の明日」への希望の風景だった。

 「哀しみには一人で向き合わねばならない」と厳しい言葉を投げかける一方で、他人の哀しみを知ったのなら「あなたを見守っていると示してあげることが必要なのだ」とともに歩む道を示す。記憶すること、忘れないこと、希望を紡ぐのは、やはり人と人とのつながりなのだ。

 悲しみと怒りと優しさが、綴られた文字から溢れている。死と背中合わせの生を、誰よりも知る者の言葉が心に響く。かけがえのない命を粗末にする愚を怒り、尊び享受することに必死になれと背中を押す。人生は哀しみに溢れ、社会では理不尽がまかり通っていても、自らの誇りに問い、恥じぬ生き方をつらぬき通せと。

 繰り返すばかりの日々に壁を感じたとき、自分の中にある苛立ちの正体がわからないとき、悲しくて堪らないとき、本書を手に取るといい。それでも前へ進む、ために。 



文=水陶マコト

ダ・ヴィンチニュース

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