フロリゲンが茎頂メリステムのDNAメチル化を制御することを発見 ~花と生殖細胞のゲノムDNAをトランスポゾンから守るはたらきを持つ可能性を提示~

Digital PR Platform / 2020年8月31日 12時0分

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 横浜市立大学 木原生物学研究所の辻寛之 准教授、肥後あすか 特任助教らの研究グループは、植物の茎の先端にある幹細胞組織「茎頂メリステム(図1)」ではゲノムDNAが高度にメチル化*1されていること、さらに、花成ホルモンであるフロリゲン*2が茎頂メリステムに到達して花芽を作り始めると、茎頂メリステムにおけるDNAメチル化がさらに上昇することを明らかにしました。
 本研究成果は『Nature Communications』に掲載されました。(日本時間 8月14日18時付オンライン)

 これまで、フロリゲンが花形成の開始を司る分子であることは知られていましたが、花芽を作る際に茎頂メリステムの細胞の中でどのような変化が起きているのか、その分子メカニズムはこれまでほとんど分かっていませんでした。今回、イネの茎頂メリステムを材料に、DNAメチローム解析、トランスクリプトーム解析、低分子RNA*3トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析を網羅的に行うことにより、初めてフロリゲンが引き起こす茎頂メリステムでの変化を分子レベルで捉えることに成功し、DNAメチル化を介して茎頂メリステムでのトランスポゾン*4の転移を抑える、というフロリゲンの新しい機能が示唆されました。
 
 本研究は、九州大学、奈良先端科学技術大学院大学、立命館大学、国立遺伝学研究所、東京大学、名古屋大学、名城大学、京都産業大学等との共同で実施されました。

研究成果のポイント

茎頂メリステムではゲノムDNAが高度にメチル化されていること、さらにフロリゲンによりDNAメチル化が上昇することを発見した
茎頂メリステムでのDNAメチル化は、主にRNA依存型DNAメチル化経路(RdDM経路)を介して行われていることを明らかにした
DNAメチル化を介して茎頂メリステムでのトランスポゾンの転移を抑える、というフロリゲンの新しい機能が示唆された
これまで解析が困難とされていた、微細な茎頂メリステムを高速かつ大量に単離することに成功し、これまでに例を見ない大規模な網羅的解析を実施し、分析を行った


研究の背景
 「茎頂メリステム」は茎の先端に位置し、植物の地上部すべてを作り出す直径わずか50マイクロメートルの微小組織です(図1)。この茎頂メリステムでは始めは葉と茎が作られていますが、葉で合成された花成ホルモン「フロリゲン」が輸送されて茎頂メリステムに到達すると花の形成を開始します(図1)。しかし、フロリゲンが茎頂メリステムに到達して花の形成が行われる際、茎頂メリステムの細胞の中でどのような変化が起きているのか、その分子メカニズムは分かっていませんでした。


[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/40906/600_316_202008271507145f474d92867f6.jpg


研究の内容
 茎頂メリステムは組織のサイズが非常に小さいため、これまで茎頂メリステムだけを対象とした解析が困難でした。そこでまずイネを材料として独自の実験系の構築を行い、微細な茎頂メリステムを高速かつ大量に単離することに成功しました。次に、集めた茎頂メリステムについて、全ゲノムDNAメチル化解析(DNAメチローム解析)、全遺伝子の発現量解析(トランスクリプトーム解析)、低分子RNAの網羅的解析(低分子RNAトランスクリプトーム解析)、全タンパク質の網羅的解析(プロテオーム解析)を実施しました(図2)。茎頂メリステムでこれだけ大規模な網羅的解析を実施した例は他にありません。
 得られたデータを統合して、約4億塩基対あるイネゲノムのほぼすべての塩基についてDNAのメチル化状態を分析した結果、茎頂メリステムでは葉など他の器官よりもゲノム全体にわたって高度に DNAがメチル化されていることが明らかになりました。また、フロリゲンが茎頂メリステムに到達する前と後でのDNAメチル化状態を比較したところ、フロリゲン到達後の茎頂メリステムではDNAメチル化がさらに上昇することが分かりました(図3)。さらに、低分子RNAトランスクリプトーム解析とプロテオーム解析の結果を統合して分析した結果、茎頂メリステムではRNA依存型DNAメチル化経路*5と呼ばれるメカニズムによってDNAメチル化レベルが高くなっており、フロリゲンはそれをさらに高めていることを解明しました。
 この茎頂メリステムで高度にDNAメチル化されていた配列を分析したところ、そのほとんどが動く遺伝子とも呼ばれる「トランスポゾン」で占められることが分かりました。トランスポゾンはゲノム上を転移する性質を持つため、転移した先に重要な遺伝子がある場合その遺伝子が破壊されてしまいます。もし幹細胞である茎頂メリステムで遺伝子が破壊されると、そこから作られる組織はすべて破壊された遺伝子を持つことになってしまいます。特に、花の形成は精細胞や卵細胞などの次世代に繋がる生殖細胞を形成する過程でもあるため、遺伝子を破壊する可能性のあるトランスポゾンの転移を強力に抑える必要があると考えられます。今回フロリゲンにより上昇することが明らかとなったDNAメチル化は、このトランスポゾンの転移を抑制する仕組みの一つであり、本研究により、フロリゲンには、次世代のために茎頂メリステムのDNAメチル化を上昇させてトランスポゾンをより強固に抑えるという新たな機能を持つ可能性が示されました。

[画像2]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/40906/600_263_202008271457435f474b57b11f1.jpg

今後の展開
 これまでフロリゲンは、茎頂メリステムに到達して花の形成を誘導する、または植物の生殖を開始させる、といった曖昧な理解しかなされていませんでした。今回の研究によって、フロリゲンはDNAメチル化を介してトランスポゾンを抑えることにより、花の形成から生殖細胞の形成に至るまでゲノムの連続性を担保するはたらきを担うという、具体的な機能が分かったと言えます。本成果はこれまでほとんど分かっていなかったフロリゲンの機能に迫る重要な発見であり、生物学研究の重要な基盤となるものです。
 これまで茎頂メリステムは非常にサイズが小さいために解析が困難でした。近年になり、ようやく微量サンプルでもクロマチンアクセシビリティの変化、ゲノムDNAの核内三次元配置の変化、およびヌクレオソームヒストンの化学修飾状態の変化といった、遺伝子の機能調節に関わるゲノムのダイナミックな動きを解析できる基盤が整ってきました。今後は、これら基盤を利用してゲノム機能の制御過程を明らかにすることで、フロリゲンは茎頂メリステムで何を引き起こすのか、すなわち花の形成や生殖過程が開始するということの生物学的な本質はいったいどういうことなのか、という謎の解明が進むことが期待されます。

発表論文
タイトル:DNA methylation is reconfigured at the onset of reproduction in rice shoot apical meristem
著者:Asuka Higo, Noriko Saihara, Fumihito Miura, Yoko Higashi, Megumi Yamada, Shojiro Tamaki,
Tasuku Ito, Yoshiaki Tarutani, Tomoaki Sakamoto, Masayuki Fujiwara, Tetsuya Kurata, Yoichiro Fukao,
Satoru Moritoh, Rie Terada, Toshinori Kinoshita, Takashi Ito, Tetsuji Kakutani, Ko Shimamoto, and Hiroyuki Tsuji
掲載誌:Nature Communications (2020) 11:4079  https://doi.org/10.1038/s41467-020-17963-2

※本研究は、文部科学省科研費 新学術領域研究「植物新種誕生の原理」、科学研究費補助金 基盤研究 (A)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」などの支援を受けて実施しました。

発表者
肥後あすか(横浜市立大学 木原生物学研究所)
才原徳子(横浜市立大学 木原生物学研究所、奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科:当時)
辻寛之(横浜市立大学 木原生物学研究所)

東陽子(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科:当時)
山田恵美(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科:当時)
玉置祥二郎(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科:当時)
島本功(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科:当時)

坂本智昭(奈良先端科学技術大学院大学 植物グローバル教育プロジェクト:当時、現 京都産業大 総合生命)
倉田哲也(奈良先端科学技術大学院大学 植物グローバル教育プロジェクト:当時、現 エディットフォース株式会社)
藤原正幸(奈良先端科学技術大学院大学 植物グローバル教育プロジェクト:当時、現 ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部中央研究所 バイオイノベーションセンター 倉敷ラボ)
深尾陽一朗(奈良先端科学技術大学院大学 植物グローバル教育プロジェクト:当時、現 立命館大学 生命科学部 生命情報学科)

三浦史仁(九州大学 大学院医学研究院 医化学分野)
伊藤隆司(九州大学 大学院医学研究院 医化学分野)

木下俊則(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所)

伊藤佑(国立遺伝学研究所、総合研究大学院大学:当時、現 John Innes Centre, UK)
樽谷芳明(国立遺伝学研究所)
角谷徹仁(国立遺伝学研究所、総合研究大学院大学、東京大学大学院理学系研究科)

寺田理枝(名城大学 大学院農学研究科)
森藤暁(名城大学 大学院農学研究科:当時、現 立命館大学薬学部)

用語説明
*1 DNAメチル化:
DNA中の特定の配列などにメチル基が付加する化学反応。DNAメチル化された領域の近傍では、遺伝子発現が抑制される場合が多く、これにより遺伝子の機能をコントロールしたり、「動く遺伝子」トランスポゾンの活動を抑えたりするはたらきがある。

*2 フロリゲン:
植物において花芽形成を誘導するシグナル物質として提唱された植物ホルモン(様物質)。別名花成ホルモン(かせいホルモン)ともいわれる。2007年にフロリゲンの正体はFTと呼ばれるタンパク質であることが解明された。

*3 低分子RNA:
ゲノムDNAを鋳型としてRNAに転写された後、タンパク質に翻訳されず20-24塩基程度に切断されてできる短いRNAを指す。

*4 トランスポゾン:
「動く遺伝子」とも呼ばれるDNA配列で、ゲノム上のある領域から切り出されたり転写されたりした後、別の領域に転移して挿入されるという特徴を持っているため、挿入された先に重要な遺伝子がある場合その遺伝子の機能が破壊されることがある。

*5 RNA依存型DNAメチル化経路:
DNAにメチル化を導入するメカニズムの一つ。核内に生じた低分子RNAがRISCと呼ばれるタンパク質複合体に取り込まれ、取り込んだ低分子RNAと相補的な配列を持つDNA領域を標的としてDNAメチル化を引き起こす。


本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 
研究・産学連携推進課 研究企画担当
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp

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