「いつだって最高の熱量を放つために」モーニング娘。石田亜佑美インタビュー

エンタメNEXT / 2019年5月5日 13時30分

20周年という大きな区切りを超えて、今新たに歩みだした21歳のモーニング娘。’19。加入当初はまだ幼い少女だった10期、11期のメンバーも今やグループの支柱になっている。加入してから味わった挫折、今まで見送ってきた背中、グループへの想い……。10期メンバー、石田亜佑美に今改めて、その軌跡を振り返ってもらった。
──石田さんがモーニング娘。に加入したのは2011年9月のこと。今振り返ると、当時の自分はどんなメンバーでしたか?

石田 最初の1年は、あっという間に過ぎた印象があるんです。というのも、何をするのも初めてなわけじゃないですか。初めてのMV撮影、初めての全国ツアー、初めてのバラエティ番組……。現場に行くたびに「こういう雰囲気なんだ」っていう新鮮な驚きがあって。しかも、その間に新垣(里沙)さんと光井(愛佳)さんが卒業していますからね。他にもモベキマスや『数学●女子学園』(※●はハート)がありましたし。

──右も左もわからない中、ついて いくのに必死だったでしょうね。

石田 10期加入後の初シングルが『ピョコピョコウルトラ』なんですよ。そのあと、『恋愛ハンター』『One・Two・Three/摩天楼ショー』『Help me!!』って1年の間にシングルを連続してリリースして。だからモーニング娘。自体も激動の時期だったんです。だって『ピョコピョコウルトラ』と『Help me!!』じゃ、曲調からしてまるっきり別のグループじゃないですか。それまでやっていなかった個別握手会を始めたのが『One・Two・Three』だったし、オリコン1位が獲れて大喜びしたのが『Help me!!』だったし。

──9期・10期が入ったインパクトは大きくて、グループの雰囲気がガラリと変わったと思うんです。

石田 9期・10期とその上の世代では、見た目から何から全然違いましたから。当時の私たちからしたら、新垣さん、光井さん、田中(れいな)さん、道重(さゆみ)さんっていうのはとんでもなくお姉さんに見えたんですよ。だけど今の私は22歳。あの頃の光井さんの年齢をとっくに超えてしまったんですよね。そのことが信じられない。自分はそんな大人になれているのか……。そのへん、あまり実感がないんです。



──石田さんにとって10期の仲間はどういう存在ですか?

石田 ファンの方に言われるんですけど、デビューしたての頃の私って「ずいぶん負けず嫌いなメンバーが入ったな」みたいな印象だったらしくて。でも、それ自体は悪くなかったと思っています。だってモーニング娘。は一度オーディションに落ちた人たちよって始まった“リベンジのグループ”ですから。ガツガツした気持ちは大事じゃないですか。10期は私以外も負けず嫌いなメンバーが揃っていたから、張り合うことができたんですよね。9期さんは個々でそれぞれが頑張る集団。12期も4人それぞれが自分をアピールするイメージ。だけど10期はバチバチ火花を散らしていて、それが私にとってはよかったと思うんです。入ったときの私は14歳だから、22歳の今とは性格も違うんですけど。

──今は人間的に丸くなった?

石田 そうですね。負けず嫌いなところは相変わらずあるけど、それを出す方法が変わってきたんだと思う。 期が一番下だったときは、何か自分からアクションを起こさないと埋もれるだけだったんですよ。だから石田亜佑美という存在をどうやってアピールするか、そればかり考えていました。今はそんなことよりもグループ全体がどう見られるかが重要。「自分はグループの中でどういう役回りをするべきか?」とか「これはグループのためになるのかな?」とか、そういった発想なんです。

──「私が! 私が!」という感じ ではなくなったんですね。

石田 それは年齢的に大人になったということもあるかもだけど、活動するうちにモーニング娘。というグループがさらにどんどん好きになっていったという部分が大きいんです。人間って好きなことのためなら自然と一生懸命になれますので。

──これまでメンバーが卒業してい きましたが、そこで石田さん自身が変わったことはありますか?

石田 もちろんです。それぞれにありますね。道重さんからはグループへの愛を学びました。グループのために尽くす精神ですよね。鞘師(里保)さんとはダンスでタッグを組むことが多かったけど、卒業するときに「私1人で目立つことができるのかな?」って自分と向き合って葛藤することになりましたし。

──その葛藤の結論は?

石田 「私はイケる!」と、そう思えるようになりました。自信があるかどうかって、やっぱり自然と表に出てくるものなんですよ。ダンスって、その人の考えが出ちゃうものだから。「いや〜、自信ないですけど……」みたいな気持ちで踊っていたら、オドオドした動きと表情になって、客席からはすごくみっともなく観えるものなので。だって冷静な話、石田亜佑美がどこで一番目立てるかといったら、それはダンスしかないんです。そのダンスで遠慮なんかしていたら、そもそも私なんてグループに必要ないということになる。自分のダンスを好きと言ってあげないと、可哀想ですよ。私のダンスが可哀想。だって私のダンスは一生懸命頑張っているんですから。



──ご自身のアイドル人生を振り返ったとき、ターニングポイントとなったのはどこになりますか?

石田 どうだろう。いろんなことがあったからなぁ……。でも一番は15年にやった舞台「TRIANGLE-トライアングル‐」かもしれない。

──たしか工藤遥さんとのダブル キャストでしたよね。

石田 そうです。舞台でポスターの真ん中に写るのは初めてだったし、ミュージカルだから当然がっつり歌もあるし、プレッシャーがハンパじゃなかったんです。歌の数だけでいえば、歌姫って呼ばれる小田さくらちゃんが1曲なのに対し、私は実に8曲! ほぼ私の歌だけで物語が展開されると言っていいんですね。で、またちょうどその時期は歌に関して個人的にスランプだったんですよ。「どう歌えばいいのか正解がわからない」って頭を抱えていて。

──そのとき、メンバーやスタッフ に相談はしなかった?

石田 私、そういうのダメなんですよね。1人で抱え込んでいました。でも、必死でした。大げさじゃなく、夜中も寝ないで練習していましたし。ただ家だと家族も寝ているから、 ベランダに出て1人で歌うんです。まぁそれだと近所迷惑じゃないかというツッコミもあると思うんですが(笑)。昼も近所の公園で歌っていましたね。それで気づいたのは力んで歌うと崩れるけど、「♪フフ〜ン」って感じで軽く歌うと上手くいくんです。さらに走りながら歌うと、無駄な力が抜けるし、心拍数も上がった状態を試せることも発見しまして。ずっとそんなことをやっていたら、通りすがりの人たちから奇人を見るような視線を浴びました(笑)。

──本番はどうでした?

石田 初日のカーテンコールで大号泣しました。ステージ上でも泣き、舞台裏でも泣き、どぅー(工藤)やまーちゃん(佐藤優樹)に「おつかれ!」って抱きつかれて。

──石田さんにとって、今の目標や モチベーションはどういうところにあるんでしょうか?

石田 私、もともとテレビに出たい人だったんです。もちろん今でもその気持ちは消えていないですけど、今のモーニング娘。が目指すのはそこだけじゃないかなと思っていて……。たとえば去年は「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018」に出演させていただき、そこですごく刺激を受けたんですね。やっぱり新しいことを始めるのってドキドキしますよ。今はハロプロ20周年ということで歴史の重みを感じていますけど、それと同時に新しいことにチャレンジするのもモーニング娘。らしさなんじゃないかなって思います。

(『OVERTURE』018号掲載)
▽石田亜佑美(いしだ・あゆみ)
1997年1月7日生まれ、宮城県出身。O型。10 期メンバーとして2011年9月29日にモーニング娘。に加入。

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