元韓国代表のレジェンドMF、Jリーグ移籍時の衝撃を吐露 「韓国とは次元が違った」

Football ZONE web / 2019年5月15日 11時50分

■横浜FMや柏でプレーしたユ・サンチョル氏、日本での忘れられない出来事を告白

 かつて横浜F・マリノスや柏レイソルで活躍した元韓国代表の万能型MFユ・サンチョル氏が、韓国テレビ局「MBC PLUS」のインタビューに応じ、Jリーグ時代について回想した。1999年に初来日した同氏だが、母国リーグと比較しながら「次元が違った」と当時のJリーグから受けた衝撃を明かしている。

 1994年に蔚山現代でプロキャリアをスタートさせたユ・サンチョル氏は、1998年フランス・ワールドカップ(W杯)に出場。1999年に横浜F・マリノスに加入し、1年目に22試合7ゴールの結果を残すと、2年目には22試合17ゴールと強烈な存在感を放った。2001年に移籍した柏では24試合9ゴールと活躍した一方、2002年日韓W杯に出場してベスト4と躍進。大会後に柏レイソルを離れたが、2003年夏から1年半にわたって再び横浜FMでプレーした。

 現役時代、ボランチを本職としながら、DFからFWまでどこでもこなすマルチプレーヤーとして名を馳せた韓国のレジェンドは、「日本に初めて行った時のことを忘れることができない。韓国とはサッカー環境の次元が違った」と振り返っている。日本のJリーグが発足した1993年より一足早い1987年に完全プロリーグ化していた韓国だが、環境面は日本のほうが整っていたという。

「フィジカルコーチという職業があることを、日本に来た時に初めて知った。Jリーグの大半のクラブにユースチームもあった。サッカー選手はサッカーだけに集中できる環境だった」

 そんなユ・サンチョル氏にとって、日本での忘れられない出来事があるという。

■来日当初はフィジカルコーチの言葉を聞かず 「ところが数日後…」で一変

「1999年に横浜FMへ移籍した時、フィジカルコーチがいた。私のフィジカル面の管理をしてくれていたが、私はフィジカルコーチという存在に慣れておらず、言うことを聞かずにいた。当時のJリーグはKリーグよりもトレーニングの強度が弱かったので、毎日居残りで練習していた時、フィジカルコーチにこう言われた。『実戦で最高のパフォーマンスを見せたいなら、チームのトレーニングに集中しなさい』と」

 フィジカルコーチから助言を受けたユ・サンチョル氏だったが「聞かなかった(笑)」という。当時、韓国代表にまで上り詰めていたプライドもあった。しかし、同氏は後悔することになる。

「ところが数日後に負傷した。フィジカルコーチが来て『こうなると思っていた。だから居残り練習を止めたんだ』と言っていた。それからはフィジカルコーチの言葉を、無条件で聞くようになった(笑)」

 そうした経験を経て横浜FMでの2年目には17ゴールと大暴れし、第1ステージでは優勝に貢献している。また韓国代表や母国クラブの動向を見て、改めてJリーグのシステムの先進性を感じたという。

「韓国代表には、2002年にフース・ヒディング監督がレイモンド・フェルハイエン氏を連れて来るまで、フィジカルコーチという概念がなかった。2002年以降、ようやく韓国クラブも必要性を感じ始めた。それを見て、Jリーグのシステムは整っていると感じた」

 2006年に現役を引退した同氏は、大田シチズン(2011~12年)と全南ドラゴンズ(2017~18年)を指揮。そして今月14日、仁川ユナイテッドの監督就任が発表された。自身3クラブ目の指導となるが、どのようなサッカースタイルを見せてくれるのだろうか。(Football ZONE web編集部)

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