「川崎の宝物」 “バンディエラ”中村憲剛を称賛、闘莉王が抱く本音「すごく羨ましい」

Football ZONE web / 2020年9月25日 20時30分

■【闘莉王氏インタビュー】Jリーグでも稀少なクラブ一筋の“バンディエラ”中村憲剛に言及

 今季のJ1リーグで首位を快走する川﨑フロンターレの元日本代表MF中村憲剛は、8月29日に行われた第13節清水エスパルス戦の後半32分から途中出場し、大怪我からの復帰を果たした。5-0で勝利したこの一戦で301日ぶりにピッチに立った中村は、いきなり左足での華麗なループシュートで今季初ゴール。劇的な復活を遂げたベテラン司令塔について、昨季限りで現役を引退した元日本代表DF田中マルクス闘莉王氏は、川崎一筋の“バンディエラ”として歩むキャリアに対して「羨ましい」と本音を明かしている。

 闘莉王氏は現役時代、浦和レッズと名古屋グランパスでJ1リーグ制覇を一度ずつ経験。浦和時代の2006年にJリーグMVPを受賞、07年にはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝も達成した。日本代表としても10年南アフリカ・ワールドカップ(W杯)で16強進出に貢献。そんな輝かしいキャリアを歩み、日本サッカー史に残る名センターバックとなった闘莉王氏だが、“ワンクラブマン”として戦い続ける選手には一種の憧れを抱いているという。

 Jリーグで幾度となく名勝負を演じ、日本代表ではチームメートとして長い時間をともに過ごした中村は、39歳となった直後の昨年11月に左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷の大怪我を負い、全治約7カ月と診断。長いリハビリを経て戦列復帰し、清水戦で約10カ月ぶりの公式戦出場を果たした。後半32分に投入されると、同40分に相手のビルドアップミスを突き、インターセプトと同時にダイレクトで放った左足ループシュートで鮮やかにゴールネットを揺らした。

 2003年のプロ1年目から川崎一筋を貫き、39歳という年齢で重傷を乗り越えて復活を遂げた中村について、闘莉王氏が言及。J1昇格やタイトルを目前で逃した悔しさ、悲願のリーグ優勝、2連覇など川崎が歩んできた様々な歴史を経験してきた“意味”を語った。

「一筋でやれるというのはすごく羨ましい。僕もできれば(一筋で)やりたかった。僕はレッズを出て、名古屋に行ったり京都へ行ったり、サンフレッチェ(広島)を出て水戸に行った。一筋の選手は凄いなと思いますね。クラブにいればいるほど、いろんな悪いところも見えてくる。僕はよく知らないけど、(僕の)経験からしたら嫌な思いをしながらサッカーをやっていた時期もあると思う。それでも一筋で同じクラブでやっている憲剛は、川崎の宝物で凄い人。そういう精神的なところも(プレーに)出てくる」


闘莉王氏が中村の今後にも期待している【写真:荒川祐史】

■2003年のプロ1年目から川崎一筋の中村憲剛が得た経験 「全部分かっている」

 中村はプロ1年目をJ2でスタート。2004年にJ2優勝を果たし、翌05年にはJ1の舞台で29試合に出場した。06年にはベストイレブンに初めて輝き、07年にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に初出場。着実にキャリアを積み重ねていた中村にとって遠かったのは、頂点から見る景色だった。そして迎えた17年にJ1初優勝。翌18年には連覇を達成した。昨季は3連覇を逃したものの、ルヴァンカップでタイトルを獲得した。その存在はクラブにとって、やはり大きなものであると闘莉王氏も感じているようだ。

「欠かせないと思いますね。全部分かっているからね。J2を経験して、どれだけ(J1に)上がるのが難しかったか分かっている。初タイトルを獲るのがどれだけ難しかったか、一番肌で感じている人だと思う。これからもすべて上手くいくわけじゃないと思うので、上手くいかなかった時にどういう行動をするか。いろんな邪魔も入ってくるので、それをどうやって整理するか。これからもいろんな経験をしていくと思います」

 多くのクラブを渡り歩き、様々な側面を見て経験した闘莉王氏だからこそ、今語れる“本音”。中村が歩んできた歴史は川崎にとってだけでなく、Jリーグにとっても貴重なものとなるだろう。そのサッカー人生は数々のタイトルを獲得してきた闘莉王氏にとっても、「羨ましい」ものとなっているようだ。(Football ZONE web編集部・小杉 舞 / Mai Kosugi)

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