“銀河系レアル”のスターから前例なき挑戦へ 貴公子ベッカムが放ったサッカーへの情熱

Football ZONE web / 2018年4月17日 19時0分

■【サッカー英雄列伝|No.4】デイビッド・ベッカム(後編)――名将との衝突と、消えていったマンU“7番”のイメージ

【サッカー英雄列伝|No.4】デイビッド・ベッカム(前編)――愛憎渦巻いた不世出の名キッカー

 2002年の日韓ワールドカップ(W杯)を終えたデイビッド・ベッカムは、再びマンチェスター・ユナイテッドでの日常に戻っていった。しかし、プロサッカー選手ベッカムとして“育ての親”とも言える名将アレックス・ファーガソン監督との関係は悪化の一途を辿る。そして、世界中を驚かせた事件が2003年に起こった。

 2月15日、ユナイテッドはアーセナルに敗れてFAカップから敗退した。この時、敗戦に激怒したファーガソン監督は、ロッカールームでスパイクを蹴り上げる。すると、その軌道上にあったのはベッカムの顔だった。目の上を直撃し、縫合が必要な負傷となるほどの事件を、密室の中の出来事として隠すことができるはずもない。シーズン終了に向け、ベッカムかファーガソン監督のどちらかがユナイテッドを去るというのは、予定されたシナリオであるかのようになっていった。

 結局、クラブを去ることになったのはベッカムだった。この時、スペインの強豪バルセロナは会長選に立候補する際の公約にベッカム獲得を掲げたジョアン・ラポルタが当選し、ユナイテッドもバルセロナ行きを望んだ。しかしベッカムが新天地に選んだのは、よりにもよって永遠のライバルであるレアル・マドリードだった。代名詞だった背番号「7」はクラブの主将であるラウール・ゴンザレスのものであったため、彼の背中には「23」の数字があった。ポジションも、ジネディーヌ・ジダンなど名手と並び立つ中盤のセンターハーフとなり、ユナイテッド時代のイメージは限りなく小さくなっていく。

 その間もイングランド代表ではキャプテンを務め、06年ドイツW杯にも出場する。初戦のエクアドル戦で鮮やかなFKを決めて、3大会連続スコアラーとして名前を刻んだが、その後は苦い思い出だけが残った。決勝トーナメント1回戦での試合中に体調不良を起こし、試合中に嘔吐。さらに準々決勝では負傷交代に追い込まれ、チームは延長戦の末にポルトガルに敗れた。結果的に、これがベッカムにとって最後のW杯となった。



ベッカムのMLS移籍は、トッププレーヤーの先駆者となった【写真:Getty Images】

■“飼い殺し”から一転、大団円での米MLS挑戦へ

 結局、ベッカムはレアルで4シーズンをプレーするが、そのラストシーズンでクラブを率いた名将ファビオ・カペッロ監督との関係は、ファーガソン監督の時とは違って一度は衝突しながらも強い絆が結び直されるものだった。それはベッカムが、トッププレーヤーとしては先駆者となる米MLSへの移籍を決めたことが発端になった。

 ベッカムは07年1月に、7月1日からMLSのロサンゼルス・ギャラクシーでプレーすることを発表する。当然、カペッロ監督としては面白くない。すると、厳格な指揮官はシーズンの残り試合でベッカムを起用しないことを明言した。いわば、飼い殺し宣言である。

 それでもベッカムは、トレーニングで手を抜かなかった。その姿勢はチームメイトの心を動かし、選手たちからカペッロ監督にベッカムの起用を直訴するに至る。その結果、翻意したカペッロ監督は2月中旬からベッカムをピッチに送り込んだ。そして、このシーズンにレアルはベッカム加入から初めてリーグ戦のタイトルを獲得。最終的には大団円で、スペインでのプレーを終えることになった。

 アメリカにプレーの場を移したベッカムは、そのこと自体が当時のトッププレーヤーとして異例だったが、またしても新たな試みに打って出る。シーズン制の違うアメリカでプレーするベッカムは、レアル時代の指揮官であるカペッロ監督が率いるイングランド代表でのゲームに向けてコンディションを維持するため、09年1月からACミランに期限付き移籍をすることになった。つまり、MLSのオフ期間にヨーロッパに戻るという、逆方向の“出稼ぎ”である。

 前例のない試みであり、ミランでのプレーに心地よさを感じて期限付き期間を延長までしたことで、ロサンゼルスのファンからの怒りも買った。しかし、その翌年にも1月からミランに加入するという、2年連続でまとまったオフのない生活を送ることになった。



PSGで半年間プレーし、現役を引退した。この時、リーグ優勝を果たし、ベッカムは四ヶ国でタイトルを勝ち取ったことになる【写真:Getty Images】

■ピッチ内外の華やかさと数々のエピソードとともに…

 しかし、それは最終的にベッカムの体には負担が大きすぎたのかもしれない。二度目となるミランでのプレーとなっていた10年3月、キエーボ戦でベッカムはアキレス腱断裂の重傷を負ってしまった。8年前の日韓W杯では負傷しながら奇跡の復活劇で本大会のピッチに立ったが、二度目はなかった。結局、カペッロ監督に要請されてチームのまとめ役としてチームに帯同したものの、選手登録には至らず。一度は衝突し、信頼関係を結んだ指揮官とともに戦う大舞台には立てなかった。

 その後、ベッカムはアメリカでプレーを続け、13年1月にパリ・サンジェルマン(PSG)に移籍して半年間プレーし、現役を引退した。この時、PSGはリーグ優勝を勝ち取り、結果的にベッカムはイングランド、スペイン、アメリカ、フランスでタイトルを勝ち取ったことになる。ラストゲームではCKでアシストも決め、イギリス国旗をあしらった特製のスパイクも用意された。そして、ベッカムは静かにピッチを去ることになった。

 端正な顔立ちから多くのコマーシャルにも起用され、サッカーに興味がない人でも顔を知っているという意味では、ベッカムは歴代でも最も有名なサッカー選手になった存在だと言えるのかもしれない。華やかな芸能界と、名将との衝突、そしてイングランド代表で見せた狂気と闘志。鮮やかな弾道のキックと多くのエピソードとともに記憶されるベッカムは、間違いなくサッカー界におけるベストプレーヤーの一人だ。

(後編へ続く)

 

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(Football ZONE web編集部)

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