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正真正銘の一目惚れから結婚した若きカップル その幸せが一夜にして悲劇に変わる……映画『追想』レビュー

ガジェット通信 / 2018年8月10日 19時0分

あの小説が映画化される!? いやいやいや、それどう考えても絶対無理でしょう! と、読んだ人なら誰しも思ったに違いない作品が、ついに『追想』というタイトルで映画となり8月10日(金)から公開となりました。その小説とは、今最もノーベル文学賞に近いと言われる英国の作家イアン・マキューアンが2007年に発表した超異色の恋愛小説『初夜』(村松潔訳/新潮クレストブックス)です。

一組の男女に訪れた正真正銘の一目惚れ。それがとても繊細であたたかな恋愛に変わり、彼らは周囲に祝福された結婚式を迎えます。その幸せがなぜ一夜で過去形になってしまったのか。物語はその悲劇が起きた新婚初夜から、そこに至るまでの過去のエピソードを挟みながら進んでいきます。

舞台は1962年、ビートルズ登場直前のイングランド。結婚式を終えたばかりの若いカップル、エドワード(ビリー・ハウル)とフローレンス(シアーシャ・ローナン)は、風光明媚なチェジル・ビーチを見渡せる古いホテルで初めての夜を迎えようとしています。大して美味しくもなさそうなルームサービスのディナーを前にぎこちなく会話を交わす二人は、心臓が口から出そうなほどドキドキしていました。なぜなら彼らは十分な交際期間を経てはいましたが、古い言い方をすれば婚前交渉、つまりまだ一度もセックスをしたことがなかったのです。

お互い気をつかいながらも、微妙に緊張感が高まっていく二人の間には、実は大きな溝がありました。裕福な家で育ち、強い父親と常に意識高い系な母に育てられたフローレンスは、バイオリニストとして成功することを夢見ています。一方のエドワードは、貧しく複雑な家庭環境で家族を支えながらも勉学に励み、ロックを愛するぼくとつで愛情深い若者です。そんな二人が育んできた古風な恋愛模様がみずみずしく描かれますが、そのはしばしに、観客はその後に訪れる悲劇の芽を感じとることに。

本作には原作にはないエピソードがいくつも加えられているのですが、とりわけ二人が初めて出逢う場面は、原作よりも強い印象を残すのではないでしょうか。嬉しいことに、本作の脚本は原作者のマキューアンが自ら手がけているのです! ジョー・ライト監督の大ヒット作『つぐない』(2007年)をはじめ、今まで数多くの原作が映画化されてきましたが、本人が脚本も担当した本作では「脚本は書きたくないが、別の者に脚色されることは耐えられない」との力の入れよう。マキューアンファンなら絶対に見逃せません! 

ほとんどが主人公二人の心情で占められている原作、どう映像化するかが最も気になったところですが、それは演技派二人の表情や、感情のこもったセリフまわしであますところなく表現されています。音楽の使い方も絶妙といえましょう。ミステリではありませんが、初読の衝撃と興奮を味わっていただくためにも、くれぐれもググッたりしないことをお勧めします。なお、原作ではあえてぼかされていたある要素が、映画では明確にされていたり、ラストも少し変えられていますし、美しいロケ地や衣装も大変見ごたえがありますので、原作既読の方もきっと楽しんでいただけるはず。マキューアンも出演を希望したというシアーシャ・ローナンと、アガサ・クリスティ原作のBBCドラマ『検察側の証人』での被告役で鮮烈な印象を残したビリー・ハウルが、唯一無二のマキューアン・ラブストーリーにどう溶けこむのか。読んだ方は映画を、観た方は原作を。どちらが先でも大丈夫です。ぜひ。

『追想』

http://tsuisou.jp/

【書いた人】♪akira

翻訳ミステリー・映画ライター。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、翻訳ミステリー大賞シンジケートHP、月刊誌「本の雑誌」、「映画秘宝」等で執筆しています。

(C)British Broadcasting Corporation / Number 9 Films (Chesil) Limited 2017

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