石井裕也監督「それでも映画を撮ることを選んだ…」コロナ禍で映画の重要性を再認識、最新作『茜色に焼かれる』が公開
ガジェット通信 / 2021年5月24日 8時0分
主演に尾野真千子さんを迎え、和田庵さん、片山友希さん、永瀬正敏さん、オダギリジョーさんが共演する、石井裕也監督最新作となる映画『茜色に焼かれる』が全国順次公開中です。本作はコロナ禍の今の時代を舞台に、不器用ながらも己の信念に従って懸命に生きる親子の姿を描く、激しくも切ない魂のドラマとなっています。その公開を前に、石井監督にインタビュー。撮影のプロジェクトが始まった昨年の夏、「命がけで撮ることを決めた」という石井監督に、本作に込めた想いをうかがいました。
■公式サイト:https://akaneiro-movie.com/ [リンク]
■ストーリー
「お芝居だけが真実」と母は言った
1組の母と息子がいる。7年前、元高級官僚が起こした交通事故で夫を亡くした母子。母の名前は田中良子。彼女は昔アングラ演劇の女優をやっており、お芝居が上手だ。中学生の息子・純平をひとりで育て、夫への賠償金は受け取らず、施設に入院している義父の面倒もみている。経営していたカフェはコロナ禍で破綻。花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで息子はいじめにあっている。数年ぶりに会った同級生にはふられた。互いの日常を取り巻くことごとく理不尽な出来事に、張り裂けそうな想いを抱えてこの世界を生きている。だがどんな困難でも、何が怒るとも、それでも前を向き、信念を貫く良子。はたして彼女たちが最後まで手放さなかったものとは?
●尾野さん演じる主人公にはすべてを失うような悲劇が降り注ぐのですが、それでも力強く生きる彼女の姿に希望を感じる素敵な作品でした。昨年の夏にプロジェクトが動いてすぐ撮影も始まったそうですが、そういうこともあるのかとびっくりしました。
去年の夏、コロナ禍という不明瞭な状況のなか、僕はどうしてもこの映画を撮りたくなり、ある種、強引にプロジェクトを推し進め、電撃作戦で撮影を始めました。実は前作の『生きちゃった』という映画も、やると決めて3日で脚本を書いてすぐ撮影に入ったので、いわゆる自主映画の感覚なんですよね。熱い衝動を持ったまま撮影に入ることを2019年に一度行っていたので、自分の中で自信はありました。
●そのきっかけは、コロナだそうですね。
そうですね。ただ、それはふたつある理由のうちのひとつです。去年僕は37歳になったのですが、僕が小学生の頃、その年齢で母親が亡くなっているんです。自分でも驚きましたが、急に母親に対する思いが募りました。
●実際映画化したことで、ご自分の中で何か変わりましたか?
映画を作る際はいつも特殊な心の変化があります。漠然と抱えていた感覚が整理されると言いますか、その逆もあるのですが、それまでの自分の人生で大きく占めていた母親への想い、母親の不在というものが形にできたことは、僕にとって大きな変化と言っていいと思います。
●今回、尾野さんとは主人公像をどう練り上げて行かれたのですか?
僕の母親に対する感情や、何故この状況下でリスクを負ってまで映画を作るのかということを、尾野さんと最初に話しました。多分、それだけで尾野さんは全てを理解したと思います。命を賭けて映画をやるということと、主人公が命がけで子どもを守るということはほとんど一緒と言うか、キャラクターと尾野さん自身がリンクしたのではないかと思います。
●尾野さんが演じることで非常に生命力のある主人公になりましたが、尾野さんに演じてもらいたいと思って脚本を書かれていたのでしょうか?
そうですね。今回は尾野さんがやってくれないなら撮っても仕方がない、とさえ思っていました。
●同時に息子役の新人・和田庵君も光っていましたが、『町田くんの世界』でも新人の方を起用するなど、そういう人たちと仕事をしたい想いがあるのですか?
そういうつもりは全然ないのですが、『町田くんの世界』の時も周りに経験も実力もある人たちが固めてくれたので成立した作品ではあります。ただ、新人のお芝居は一生に一度のものなので、特別なものではありますよね。まだ必死になったことがないであろう人たちが、カメラの前で必死になって芝居をするということに価値がないわけがない。今回、オーディションの時に和田君の爆発する瞬間が見たいと思いました。
●それともうひとつの映画化の理由であるコロナ禍ですが、コロナ禍での撮影については、やってみていかがでしたか?
これはいいか悪いかで言ったら悪かったんですよ。間違いなくリスクは高かったですから。結果的に撮影は無事に終わったのですが、気苦労はたくさんありました。それでも、どうしてもこの映画を撮らなくちゃいけないという情念が上回ってしまいました。だから家族にも言いました「迷惑かけるけど、ごめんね」と。でもこの映画が大事だと思うからやる、そういうことです。そういう覚悟でやっていました。
●コロナがなければこの映画はなかったわけで、すごく皮肉を感じました。
コロナになったからこそ生まれた映画でもありますし、コロナになったからこそ本当に大切なものに気づいたわけですよね。少なくもそれを考えるきっかけにはなった。あとは自分だけじゃない、ほかの人もみんな大変だ、そういう想像力はコロナがもたらした本当に数少ない価値のひとつでしょう。
結果的に映画というものの価値を改めて考えることになったと言うか、それまではキザっぽく、映画なんてなくてもいいものだと言っていました。農家の方々、お医者さん、そういう人たちのほうがよっぽど重要じゃないですか。でもこういう状況下になり、考えが変わりました。あらゆるリスクがあったにもかかわらず、それでも映画を撮ることを選んでしまったのは、自分を含め、スタッフや俳優にとって映画の存在が心底重要だったからです。自分の人生に深く関係していたことに改めて気づかされた。
●映画への向き合い方は今後変わりそうですか?
自分の人生、自分たちの人生に強く関わりのあるもの、本当に撮るべきものを撮ったという手応えは強烈にあります。それは自分の中で大きいことでしたね。
●今日はありがとうございました。この映画を観てくださるみなさんへ、最後に一言お願いいたします。
今、苦しさを感じてる人はたくさんいらっしゃると思うんですよね。僕自身、本当に苦しくて、毎日生きづらさを感じています。だからこそ敢えて愛と希望の映画を作りました。普段は恥ずかしくて言えないですが、こういう状況なのでこの映画を通じて、愛と希望を信じてみたということです。大変な状況で、どうしていいか分からないと思っている方にこそ観てほしいし、映画館に行くのは大変かもしれませんが、是非どういう形であれ観てほしいなと心から思っています。
■タイトル:茜色に焼かれる
■公開日:5/21(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
■配給:フィルムランド 朝日新聞社 スターサンズ
■コピーライト表記:(C) 2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ
(執筆者: ときたたかし)
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