怪作&快作! 映画『復讐は私にまかせて』エドウィン監督インタビュー ─アナログフィルムが織りなす抑圧と調和
ガジェット通信 / 2022年8月30日 9時0分
絶賛上映中のインドネシア映画『復讐は私にまかせて』は、「勃起不全のケンカ男と武術最強の達人女子が織りなすラブ&バイオレンス」という、なかなかの情報量。
それもあってか「異色」「怪作」とも評される本作なのですが、観た人の間で共通しているのは、「不思議だったけど、何故かすがすがしい」という感想。複雑だけどシンプル、と矛盾すらも飲み込み、見事にまとめた怪作であり”快作”なのです。
原作はインドネシアのベストセラー小説。現地の公開でも大ヒットを記録しているのも確かに納得でした。
「愛し合うほどに傷つけ合う、くっきりとした輪郭の暴力描写」、そして「謎の女ジェリタをとりまく夢のようなストーリー描写」は、作品全体に形容しがたい唯一無二の空気を醸し出しています。
以前の記事では、この作品のカメラを担当したレジェンドカメラマン・芦澤明子さんにお話を伺ったのですが……
■関連記事:
映画『復讐は私にまかせて』─“有機的なカメラ目線”を持つレジェンド・カメラマン 芦澤明子さんインタビュー
https://getnews.jp/archives/3331622 [リンク]
今回はなんと、監督のEDWIN/エドウィン氏にお話を伺うことができました!
監督/脚本
エドウィン
Edwin (Director/Writer)
1978年、インドネシア・スラバヤ生まれ。短編『Kara, the Daughter of a Tree』(05)が第58回カンヌ国際映画祭《監督週間部門》でプレミア上映。初長編作品『空を飛びたい盲目のブタ』(08)は第38回ロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞(FIPRESCI賞)を受賞。長編2作目の『動物園からのポストカード』(12)は、第62回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に入選した。両作品には、本作のヒロインを演じたラディア・シェリルが主演している。続いて監督した『ひとりじめ』(17)はインドネシアにて興行的にもヒットを記録。2018年には、アジアの気鋭監督3名が、ひとつのテーマのもとにオムニバス映画を共同製作するプロジェクト「アジア三面鏡」にて、短編『第三の変数』を監督。撮影監督は芦澤明子氏。
【受賞歴】
・『空を飛びたい盲目のブタ』(08)第39回ロッテルダム国際映画祭FIPRESCI賞受賞
・『動物園からのポストカード』(12)アジア・フィルム・アワード「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞、台北金馬奨NETPAC賞受賞
・『ひとりじめ』(17)インドネシア映画祭最優秀監督賞
【審査員歴】
・第72回ベルリン映画祭ベルリン・ショート部門
・第17回釜山国際短編映画祭ソニー・アワード
・第43回ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード
日本とインドネシアの意外な”共通点”
──エドウィン監督、2018年以来の来日で以前はご家族でも旅行されたことがあるそうですが、久しぶりの日本はいかがでしょうか?
エドウィン監督(以下、エドウィン):昨日の夜は新橋を散歩したんだけど、あまり変化は感じなかったかな。今回、初めて大阪も行ったんだけど、大阪も楽しい所だよね! 言葉が通じない部分もあるけど、まぁ、そこはボディランゲージとアルコールの力を借りてコミュニケーションしたよ!
──(笑)。僕は日本とインドネシアって、似ている部分のなさそうな国だと思っていたのですが、この映画を観た時にすごく懐かしい感覚があったんですね。ひょっとしたら何かの根もとは一緒ということなのか、なんて思いました。エドウィン監督は、インドネシアと日本の共通点って感じます?
エドウィン:そうだなあ……インドネシアはすごく広くて、たくさんの島があるのだけど、僕が住んでいるジャワ島の話でいうと、「感情を表に出しづらい」って人々の特徴があると思うよ。日本にもそういった傾向とか、抑圧があるんじゃない? これは主に日本の映画を観て感じたことなんだけどね。ひょっとしたら、そういった部分が似ているのかも。
──今のお話、すごく納得しました。本作の主人公アジョは、強い男でありたいのにEDであることで、それを暴力に昇華している傾向のあるキャラクターだと思うんです。日本にも、強い男性と、それを立てる女性といった文化がありましたし、一部にはそれが残っている部分もあります。ジャワ島ではいかがでしょうか?
エドウィン:以前に比べると、社会の中での”気付き”は増えたよね。ジェンダー平等に対してオープンになってきてはいるし。けど、まだまだ男性がリーダーになることが多いし大部分の価値観は昔のままかな。それって僕は宗教の影響も大きいと思ってる。昔に比べて180度の価値観というほどには、まだ変わっていないのが現状だと思うな。
──先日、撮影の芦澤さんにお話を伺ったら、「インドネシアは、ハリウッド的な現場とは違い、良い意味でミックスされている」ということをおっしゃっていました。また「現場の女性スタッフがとても若くて繊細で優秀だった」とも
エドウィン:僕の現場では、プロデューサーのメイスク(メイスク・タウリシア)さんがまず女性であることも大きかったね。まず前提として、映画というのはたくさんの人のコラボレーションが不可欠なんだ。その上で、誰にとっても安全な現場ではなければ、みんなが映画に貢献できないとも思うんだよね。
フィルムでありたい理由
──撮影についてもお聞きします。フィルムは「コダック」ならではの自然な色の鮮やかさであったり、フィルムの持つざらりとした質感が、インドネシアの空気や香りまでも伝えてくれる様に感じました。監督がフィルムにこだわられた理由を教えてください
エドウィン:フィルムの素材というのは、現実的な作品であれ、夢みたいな虚構であれ、その場面をとらえるのに最高のものだと思うよ。今はデジタルの方が優勢になってはきているんだけど、やはり、ストーリーやキャラクターのイメージをベストに投影出来るのはアナログのフィルムだと思うんだ。2000年以前の優れた映画というのは、全てフィルムで撮っているものだ、って僕は感じてる。ひょっとしたら、今から100年後には、デジタル撮影の名作が出てくるとは思うのだけどもね。
僕がフィルムメーカー(フィルムを使用するクリエイター)として感じるのは、「どの素材にするか選ぶ権利がある」という事。その選択肢を持っておきたいんだけどわかるかな。例えば、もし僕が画家だったら、油絵、水彩画、その表現方法にどの素材がふさわしいのか考える。同じモチーフを描くとしても、油絵で描くのか、それとも水彩画で描くのか、それだけで全然変わってくるでしょ?
映画の場合、そこにストーリーやキャラクターを乗せることで、物語が進んでいく。もちろんデジタルじゃないと撮れない作品だって、そりゃあるとは思うけど、今現在の僕はフィルムメーカーとしてその選択肢が欲しいんだよね。
──芦澤さんも「耐震機能(スタビライザー)のついているカメラではないからこそ、インドネシアの80年代の空気を表現することが出来たのではないか」とおっしゃってました。インドネシアの80年代の空気を作るために気を遣ったことはありますか?
エドウィン:この時代はスハルト政権下で、暴力というものが一番幅を利かせていた時代なんだ。暴力が非常に強かったというのがこの時代の特徴だと思ってるよ。
タランティーノは好き? 実は……
──暴力といえば、本作は「暴力と愛」がメインモチーフだと思っていました。そして作品のポスタービジュアルを見た映画ファンからは「クエンティン・タランティーノ監督の様な魅力を感じる」という感想もありました。監督ご自身はタランティーノ監督の作品はお好きであったり、影響を受けていたりしますか? ちなみに僕はめちゃめちゃ好きです
エドウィン:僕が観たのは『パルプ・フィクション』と『レザボア・ドッグス』なんだ。あと『イングロリアス・バスターズ』かな。タランティーノ監督の作品には、非常に勇気を感じるよね。時代劇であっても、フィクションであっても、遊び心にあふれている。キャラクターが非常に暴力的な世界の中で行動するという面が表現されていて、そこは僕の作品とも共通点があると思うよ。ただ、挙げた3本しか観れていないので、彼の作品について深く語ることは出来ないんだよね。
──ありがとうございます。失礼な質問になってしまっていたらすみません
エドウィン:全然問題ないよ! 大丈夫。
──アジョの話を伺います。僕は50歳をすぎてどんどん体力が落ちてきている部分を、自分の体が自由にならないアジョと重ねてしまいました。監督は男性として、何かをアジョに投影させたりしている部分、共感する部分などはありますか?
エドウィン:年齢と体力の問題は感じることがあるかな。アジョの場合は、EDの問題もあるけど、実はそれだけじゃない。彼が暴力をはたらいているのは、あの時代の社会が彼に対してマチズモ(男らしさの誇示、男性優位性)を押し付け、「前へならえ」させている結果なんだ。彼は「男らしさ」を期待される部分が大きすぎるあまり、繊細さであったり感情を持ってはいけないかの様な環境に、結果置かれてしまってる。アジョの置かれた立場──つまり感情を持つことを否定されているという立場には共感する部分があるよ。
──僕はこの映画を「元気を出して欲しい人」「弱っている人」におすすめしてみたいな、と思ったんですが、監督はどんな人に観てもらいたいですか?
エドウィン:コロナ禍で、なかなか会えていない、忘れてしまった友達っていると思うんだ。ほら、ここ数年で当たり前だったコミュニケーションが劇的に減ってしまっているでしょ? だからこの映画は、そういった友達や家族を誘いあって一緒に観てもらい、「これって何についての映画なんだろう」とか話してもらえるのが理想的だなぁ。
全てがコミュニケーションなんだよね。実は、作中の暴力もコミュニケーションの一つなんだ。
──僕も暴力がコミュニケーションとして描かれている部分は感じました。本作を作り終えたばかりで聞くのも酷かもしれませんが、次回作の構想はありますか?
エドウィン:実は今もう脚本を書いていて、連続殺人鬼が出てくるホラー映画を作ろうと思ってるんだよね。本作のジェリタにインスパイアされて、もっとふくらませた作品にしようかな、なんて思ってる。
──すごく楽しみにしています! あと監督、そのTシャツめちゃめちゃ素敵ですね
エドウィン:ああ、これ? インドネシアではオンラインで買えるんだけど日本はどうなんだろう。まだ売ってないかもなあ。
──日本で売っていたら欲しいくらいです! 今日はありがとうございました
エドウィン:(ガサガサ……)これ、同じデザインの別のバージョンなんだけど、良かったらあげるよ。
──えっ……!!!(動揺) す、すみません、いいんですか?! Very Cool!Thank You!
エドウィン:(にっこり)
■
言葉を選びながら、何かをたぐるように話すエドウィン監督。飾ることなく、自分のイメージの中から何かを探して丁寧に拾ってくるような、そんな実直な印象のインタビューでした。
時代背景と社会が醸成する個々の感情、愛情とはらむ矛盾、様々な要素を内包した快作、是非是非、ご覧ください!
おまけ※ややネタバレ※ ジェリタの正体とは?
──監督はこの映画を「夢みたいな虚構」とおっしゃっていました。確かに本作、非常に現実的でありながら夢みたいな部分もある、不思議な輪郭の作品だなと思いました。それを際立たせるのが、「謎の女 ジェリタ」だと思います。本来は観た人が判断すれば良いと思うのですが、監督は彼女のことをどの様に描こうと思ったか、教えてもらってもいいですか?
エドウィン:実は演じた俳優にも聞かれたんだよね。「ジェリタとは何なのか」って。僕がその時彼女に言ったのは、「人間ではないような抽象的な部分があって、表現出来ない、言葉に出来ないのがジェリタなんだよ」と。「復讐の象徴、精神そのもの」っていうね。
──僕は、暴力と愛の間を調和してくれる、「願いや希望」なのかなと感じてました。今、監督から「復讐の精神そのもの」と聞いて、すごく納得しています。ありがとうございます
■<復讐は私にまかせて>
シアター・イメージフォーラム他にて全国公開中!
監督&脚本:エドウィン『動物園からのポストカード』
撮影:芦澤明子『わが母の記』『トウキョウソナタ』『海を駆ける』
出演: マルティーノ・リオ ラディア・シェリル ラトゥ・フェリーシャほか
2021│インドネシア、シンガポール、ドイツ│インドネシア語│ビスタ│5.1ch│カラー│115分│PG-12
配給:JAIHO
(C)2021 PALARI FILMS. PHOENIX FILMS. NATASHA SIDHARTA. KANINGA PICTURES. MATCH FACTORY PRODUCTIONS GMBH. BOMBERO INTERNATIONAL GMBH. ALL RIGHTS RESERVED
■ストーリー
1989年インドネシア。ケンカとバイクレースに明け暮れる青年アジョ・カウィルは、クールで美しく、男顔負けの強さを持つ女ボディガードのイトゥンとの決闘に身を投じ、情熱的な恋に落ちる。実はアジョは勃起不全のコンプレックスを抱えていたが、イトゥンの一途な愛に救われ、2人は結婚。しかしアジョから勃起不全の原因となった秘密を打ち明けられたイトゥンは、愛する夫のために復讐を企てるが、そのせいで取り返しのつかない悲劇的な事態を招いてしまう。
暴力と憎しみの連鎖にのみ込まれた彼らの前に、ジェリタという正体不明の女が現れる……。
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