駒澤大注目ルーキーたちを直撃!市船出身DF桧山、長崎総科大附出身MF荒木&DF岩本

ゲキサカ / 2018年10月18日 13時30分

左からDF岩本蓮太、DF桧山悠也、MF荒木駿太

 関東大学サッカー界に飛び込んだ注目1年生を取り上げるこの企画。第5回は駒澤大編だ。




厳しい環境に身を置きたかった――
●DF桧山悠也
 栃木県出身。市立船橋高出身で、U-17日本代表招集歴を持つ。しかし高校時代は怪我も多く、右ひざを2度手術。今は「もっとフィジカル面を上げないと、もっと頭を使わないといけない」と強い向上心を持って臨んでいる。大学では前期から3試合に出場。後期はさらに先発での出場機会を得ている期待の1年生。文学部地理学科。「一般の子とも仲良くなって友達もたくさん出来ました」。

DF桧山悠也(1年=市立船橋高)

―前期から試合に絡めている。
「順調に行き過ぎというほどではないですけど、思ったより早く試合に絡めているなと思います。驚いたというか、頑張っているのを評価してくれていると思うので、これからも継続していくのは当たり前ですが、もっとパフォーマンスを上げていきたいです」

―大学サッカーに入って感じること。
「先輩はみんな意識が高い。普段の練習でも自分のことを追い込んでいる。そんな先輩の姿をみたら普段の練習から手を抜けないし、監督も練習から一生懸命出来ないやつは、試合でも絶対にボロが出ると言っていた。自分の高校の時と比べたら姿勢が変わりました。高校の時はその日の自分の調子というか、波が大きかった。あとはチームのためにどれだけ犠牲になれるかということを考えるようになりました。高校の時はどちらかというと個人プレーに走りがちなところがあった。この大学に来てチームをより重要にするというか、チームのために体を張って、部員の代表として試合に出ているので、その自覚を持たないといけないなと強く感じるようになりました」

―ポジションにも変化があった。
「高校の時は最後はボランチで出ていたんですけど、大学でもう一回SBに戻りました。自分的にはSBの方がやりやすさを感じています。でもポジションはあんまり関係ない。どこのポジションでも全力でやることに変わりはないから、求められていることを全力でやることが試合に出れる条件だと思っています」

―今までで凄いなと思った選手。
「これまで対戦して凄いなと思った選手は高2の時に対戦した東福岡の小田(逸稀)選手(現鹿島)。船橋招待でマッチアップしたんですけど、キックの精度が凄かった。大学に入ってから凄いなと思ったのは、流通経済大の小池(裕太)さん(現シントトロイデン)。本当にレベルが違うなと思いました」

DF桧山悠也(1年=市立船橋高)

―高校は名門市立船橋出身。
「自分は中学の時に石田(雅俊)さん(現沼津)や磐瀬(剛)さん(現京都)が出ていた高校選手権の水戸啓明戦を観に行って、すごく感動して。質も高くて、テクニックもあって、守備も強いし、こういう高いレベルでやりたいなと思って。中2でしたが、それを観た時に市船でやりたいと決めました。親にも相談したら、自分がやりたいんだったらと快く送り出してくれました」

―市船の高いレベル。
「1個上の杉岡(大暉)さん(現湘南)とか椎橋(慧也)さん(現仙台)、永藤(歩)さん(現群馬)は自分自身にも高い要求を科していた。普段の練習でも意識が違っていて、実際、1個上の試合は何回か出たのですが、あの人たちがいたから勝てた試合が多かったし、チームの勝ちに貢献できる人がプロに行くんだと思いました。自分は杉岡さんみたいになれたらいいと思っている。とにかくまじめで、ずっと自主練をしていた。凄いなと思っていた。目指したい。プロに3人(長谷川凌、福元友哉、杉山弾斗)行ってますし、あいつらも頑張っている。自分もあいつらに負けないように、この4年間で追い越せるくらいの努力をしたいです」

―駒澤大を選んだ理由。
「一個上の村上弘有さんから駒澤がいいよってすごく聞いていて。自分も練習参加してみて雰囲気の良さを感じたし、高いレベルで要求しあっていた。監督も熱い人ですし、このチームでやりたいなと思いました。先輩は厳しいけど、優しい所もあるし、練習も全力で取り組む。自分の性格を考えると、高校の時は逃げることがあったというか、それを高校の監督からも指摘されていて、それを変えるためにも厳しい環境に身を置きたかった。その後の人生にも生きてくると思って、駒澤を選びました」

―今後に向けた目標。
「まずは試合に絡み続ける。出させてもらえているのはありがたいことですが、ここで満足してはいけない。自分のパフォーマンスを上げていかないといけないと思っているので、チームが勝てるために努力して、その結果、チームの勝利につなげることが出来ればいいと思います。今年の4年生はリーダーシップを取ってくれて、自分自身も凄いと思っている。4年生とインカレに出て優勝したいというのが、今の目標です。長期的にみたら、勝ち続けたい。それと同じで勉強も頑張らないといけない。サッカーだけにならないように両立して頑張っていければいいと思います」


今まであまり言ってこなかったんですけど…安藤瑞季へのライバル心
●MF荒木駿太
 福岡県出身。4歳年上の兄の影響で幼稚園からサッカーを始める。長崎総合科学大附高では高3時にはプリンスリーグ九州で14得点を決めて得点王に輝いた。高校選抜にも選ばれ、欧州遠征を経験した同選手だが、大学サッカーでも即活躍。先発デビューとなった第3節の専修大戦でいきなり2発。すでに3ゴールを決めている。父と姉はバレーボール経験があり、兄も大学(九州産業大)までサッカーを続けた。経営学部市場戦略学科。

MF荒木駿太(1年=長崎総科大附高)

―幸先のいいスタートが切れた。
「でも出だしはめちゃくちゃ良かったんですけど、(5月6日の)早稲田戦のあとから点が入らなくなって。調子が悪いというか、最初はめちゃくちゃ良かったと自分でも思うんですけど、だんだん試合をしていくうちに決められなくなった。コーチにはテクニックはあるけど、相手に抑えられたときにパワーで持っていく力がないと言われた。パワーを付けないとやっていけないかなと思っていて、体幹を鍛える筋トレをよくしています。体育でもいろいろ選べるんですけど、それでもトレーニングを選んでいます。まだ1年というのはありますが、しっかりやっておかないと後が大変になる。4年生になるまでにしっかり積み上げていきたいです」

―点が取れなくなった原因。
「先輩とかになんであんな最初良かったんだと思いますかって聞いたら、自由にやりたいことをやっていたと言われました。今は考えすぎてやっていると言われて、自分が好きなのは何と聞かれて、ドリブルとシュートだと。監督に言われているのは、サイドはクロスを上げろと言われているんですけど、仕掛けてはいけないとは言われていないので、ペナルティーエリアの中に入ったら、自分がやりたいことをした方がいいんじゃないと言われた。確かに最初は先輩に呼ばれてもシュートを打ったりしていた。それが少なくなったとのかな。高校時代のキャプテンの田中純平にも相談したら同じようなことを言われました。お前は調子いい時はめちゃくちゃ楽しそうにサッカーをしていると。だからあんまり考えすぎずにサッカーをやるようにしています」

―大学サッカーで感じたこと。
「プレーのスピードとパワーが高校と全然違う。考えが甘かったのかなと思っています。高校の時はあまり筋トレはしていなかった。やれと言われたときはしていたけど、あとはボールを触っていました。小嶺(忠敏)先生にも体を触られて、『筋肉ないな、もっと付けないといかんぞ』と言われていた。言われてからはちょっとはしたんですけど、体が重くなってしまって、止めてしまいました」

―小嶺監督と秋田監督。
「小嶺先生が高校の時言っていたことをこっちに来て秋田(浩一)監督も言っていて。言うことが一緒だなとたまに感じる。ちゃんとした生活をしないとサッカーに出るとか、サッカーで注意される時も小嶺先生と一緒というか。自分はDFが苦手なんですが、高校の時もDFをちゃんとやらないとAチームに上げてくれないと言われていた。大学でもAチームにいるけど、DFの部分で課題だと思っていて、粘り強くしろとか、DFの部分でも同じようなことを言われています」

―上京後に感じたこと。
「出身は福岡ですが高校で長崎。めちゃくちゃ田舎で、こっち出てきたときにめちゃくちゃ都会だなと思った。いろいろな誘惑がある。渋谷も近いですし、この4年間でたまには息抜きも必要だと思いますが、息抜きしすぎるととダメだなと。ほどほどに遊んで、でも一番はサッカー。プロになるのが夢なので、なるのは難しいと思うんですけど、プロになりたいという気持ちでサッカーをし続ければ、誘惑にも負けないと思う。自分はサッカーが好き。サッカーしかやってこなかったので、サッカーを手放したら自分の良さがなくなると思う。サッカーだけは謙虚にやっていければいいなと思います」

MF荒木駿太(1年=長崎総科大附高)

―長崎総科大附に進学。
「4個上の兄ちゃんが行っていたからというものあります。兄ちゃんからはめちゃくちゃきついと聞いていて、お前行かない方がいいんじゃないと言われていた。でも自分を変えたくて、中学校まではお母さんに頼りっぱなしで、甘えていたので、最初は福岡の筑陽学園に行こうか迷ったんですけど、筑陽だったら自宅から通えるということで、親に頼ることになった。総附は寮なので。兄ちゃんはお前は筑陽がいいんじゃないと言われたんですけど、それじゃ何も変わらないと思った。自分から総附に行きたいと、3年間で成長して帰ってくると言って行かせてもらいました」

「高校に行って感じたことは一番は親のありがたみを知りました。部屋は7人部屋で、狭かった。いろいろ厳しかった。練習したら寄り道もしないで帰らないといけなかった。朝練をして、朝飯食って、学校が終わって練習して、帰って飯食って、風呂に入って寝るみたいな生活を3年間やりました。精神的にもめちゃくちゃ鍛えられました」

―同学年にC大阪に進んだ安藤瑞季がいた。
「瑞季とは中学校の時も何度が試合をしていた。瑞季は大分出身なんですけど、(瑞季の兄の)翼さんと兄ちゃんが総附で重なっていて、それで瑞季とも仲が良くて、中学の時から連絡を取っていました。一緒の高校に行って日本一になろうぜと話し合っていました」

「本人にはライバル意識しているとは言わなかったんですけど、常にライバル意識は持っていました。あいつが決めたらヤバいみたいな。プリンスリーグでは瑞季より点を決められて嬉しかったんですけど、高校で悔しかったのは、瑞季は選手権で3試合連続で点を決めて、自分は選手権は無得点だったこと。負けたのも悔しかったですけど、ライバルだった瑞季にも負けてというのがめちゃくちゃ悔しくて。全然負けたときは涙が出てこなかったんですけど、瑞季が出場停止になって、試合(準々決勝の流通経済大柏戦)に出れなくなって、瑞季がロッカールームに来て、『ありがとう』『ごめんな』みたいに言ってきて。それも来たんですけど、無得点で終わったことの方が一番で、めちゃくちゃ悔しくかった」

「その中でも高校選抜にも選ばれてチャンスをもらった。瑞季は2年生の時に行っていて、1点を決めているんですけど、それがPK。自分は流れの中で点を決めて、準決勝、決勝とスタメンで出られた。そこで瑞季に近づけたかなというのはあった。でもまだ瑞季には程遠いと思う。瑞季を越えることをまずは目標にして、ずっと頑張っています」


選手権で話題さらったロングスロー
●DF岩本蓮太
 大分県出身。中学時代、県選抜で一緒にプレーした安藤瑞希(C大阪)から「一緒に日本一になろう」と誘われて、長崎総科大附高に進学。3年時の高校選手権では同校初の8強。敗れた準々決勝の流通経済大柏戦でスローインがそのまま決まる“幻のゴール”は大きな反響を呼んだ。経営学部経営学科。東京に来てやったことは「スカイツリーに行きました」。

DF岩本蓮太(1年=長崎総科大附高)

―現状を教えてください。
「4月後半の練習でクロス練習をしているときに、クロスを蹴った瞬間に右の腿前が肉離れしてしまった。そこから6月の中旬くらいに復帰したんですけど、復帰してまたすぐに肉離れ。ようやく8月の終わりくらいに復帰したという感じです。まだ大学に入ってから何も試合には出ていません。今はトップチームにも入れていなくて、みんなから出遅れている部分がある。そこを早く取り戻したいです」

―ロングスロー。
「ロングスローは中学の時にコーチと遊んでいてそこで投げれるようになりました。もともと肩が強かったんだと思います。高校で初めてSBをした時に、ロングスローをやってみて、飛んだので、そこから試合でやるようになりました」

―そして去年の選手権。
「あの選手権を経験したことで、試合に出たときの緊張はあまりしなくなったと思います。あんな観衆の中で出来たことはすごくいい経験になりました。楽しかったです。ロングスローも周りからも言われていて、逆に自分にはそれしかなかった。だからチャンスを作りたいと思っていた。でもあの(準々決勝の)流経柏戦で作れなかった。幻のゴールも味方の選手の頭にかすって、周りにいた選手も音がしたと言っていましたが、判定は判定なので。大学ではしっかりと狙ったところに投げられるようにしたいです」

DF岩本蓮太(1年=長崎総科大附高)

―大学生になったなと思うこと。
「授業時間がだいぶ変わったことですね。高校は50分授業ですが、90分なので長いです。高校でも長かったのに、もっと長くなってしまいました(笑)」

―今の生活サイクル。
「1年生の時は6時半くらいに起きて、朝ごはんが7時からあるので準備をします。ご飯を食べてから8時くらいに学校に行って。自分はBチームなので、3時半から練習。3限が2時半に終るので、すぐに寮に帰ってきて、着替えて練習に行ってという感じです。高校の時も寮生活だったんですけど、大学の方が楽。部屋は桧山と同部屋です。自由時間も大学の方がありますし、その分、生活リズムが崩れてしまう時がある。でも今は一般的な大学生活が出来ているのかなと思います。楽しいです」

―今後の目標。
「プレー面ではクロスを上げさせないところと、1対1で抜かれても最後まで追う所を意識しています。目標としている選手は海外の選手でいうと、DFセルヒオ・ラモス。体を張ったプレーというか、泥臭いですけど、最後まで行くみたいな、見ていて凄いなと思う。真似したいです。将来的には今はバイトも禁止なので、早くお金を貯めて親に早く恩返しがしたい。高校の時からずっと仕送りしてもらっているので」

「あと、総附のメンバーみんなで試合に出たい。自分の代は2人(岩本、荒木)。1個上に薬真寺(孝弥)さん、2個上に松村優太郎さん、その上に安藤翼さんがいます。みんな試合に出ているので、早く追いつきたいです」

(取材・文 児玉幸洋)●第92回関東大学L特集

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング