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ゲキサカ / 2019年4月8日 21時41分
「そっか。なんて?」
そんな薄ぼんやりとした返答をした気がする。それくらいのことしか返せなかったはずだ。正確な記録は消えてしまった。
「今、ちょっと話せる?」
そうメッセージが来た直後、通信アプリが通話の着信を知らせる。一瞬にして様々な考えが頭を巡った。今この瞬間に話す相手が他にいないから、同じドイツに暮らす私にかけてきているのだろう。内田の友人知人たちは忙しい時間帯なのだろう。きっと、誰かに話を聞いてもらいたいのだ。というより誰かに話したいだけだ。では、私自身はどうだろう。一取材者としてこのやりとりを、"そういえば珍しい電話がかかってきたんだよねー"という、うろ覚えのエピソードレベルで終わらせていいのか。いや、いいはずはない……。
結局、急いでイヤフォンマイクの用意をしてから応答した。つまり、両手があいている状態をつくり、メモを取りながら話すことにしたのだ。たとえメモが残っていたとしても、内田は許してくれるに違いない。そう勝手に判断した。
「お疲れ。何してるの? 話してても大丈夫?」
内田の第一声はこちらの状況を気遣うものだった。
「近所のカフェで仕事……のような(笑)」
「いいねー、いい職業だ」
ゆるゆると会話は始まった。なぜだか、暇で時間的にも精神的にも余裕があることをアピールするようにだらだらと私は話した。内田の報告に、少しテンパっていることを悟られたくなかったのかもしれない。だが、どこかでスイッチを入れなくてはならない。
「で、ハリルさんとは何を?」
「いや、軽く話したって感じなんだけどさ……」
前置きしつつ、本題に入った。
「ハリルさんにね、冬に日本に帰ろうと思うんだけど、そうしたらW杯に行く可能性は減る? って聞いたの。そしたらね……」
どうしても代表に戻り、ロシアW杯に出場したい。そのために何をするべきか考えてきたし、それをハリルホジッチにも伝え、話しあった。やりとりを説明する内田の口調からは、W杯への思いと同時に、7年半にわたるドイツでの生活を終えようとしていることが伝わってきた。
近年の、ドイツ・ブンデスリーガにおける日本人ブームを作った立て役者の一人が舞台から去ろうとしている。それは日本サッカーの一時代の終焉を意味すると同時に、内田自身のサッカー人生においても大きな一つの区切りである。内田は次のステップに進もうとしていた。
かたかたとキーボードに指を滑らせながら話に耳を傾けた。すごく寒いけれど空は澄み切っている。そんな秋の一日だった。
<書籍概要>
■書名:内田篤人 悲痛と希望の3144日
■著者:了戒美子
■発行日:2019年3月27日(水)
■版型:四六判・244ページ
■価格:1,380円(税別)
■発行元:講談社
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