妹の葬儀にも明菜の姿なし…ベテラン芸能記者が見た中森「一家」の今

日刊ゲンダイDIGITAL / 2019年6月20日 9時26分

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中森明菜(C)日刊ゲンダイ

 活動休止中の中森明菜(53)が、家族との断絶を伝えられた。実妹で、アイドルとしても活動した明穂さんがこのほど肝硬変で死去。52歳の若さで最期まで「お姉ちゃんに会いたい」と願っていたそうだが、明菜との面会はかなわなかった。また中森家の親族が勢揃いした葬儀にも明菜は姿を見せず、家族が知らせようとしたが、連絡がとれなかったらしい。

 明菜は6人きょうだいの5番目、三女だ。明穂さんは末娘の四女で、明菜に続いて1987年に芸能界入り。ラジオパーソナリティーに女優と「お姉ちゃんに負けず頑張りたい」と意気込む姿を明菜もバックアップしていたが、明穂さんがヌードを披露した1988年、亀裂が生じる。どこへいっても「中森明菜の妹」と言われ、そこからの脱却を目指した明穂さんが結果的に明菜の反対を押し切ったのが原因とされる。

 実の家族でも、関係がこじれ断絶に至るケースはままあるが芸能人とて例外じゃないのだ。ベテラン芸能記者の青山佳裕氏がこう言う。

「明菜さんがご家族との連絡を絶つようになったのは、最愛のお母さんをがんで亡くした1995年ごろだったと思います。ご両親が明菜さんの稼いだお金を使いこんでいるなどと周りに吹き込まれ、明菜さんはそれを信じ込んでしまった。また所属していた研音を辞めるときも反対されて、誰も私を守ってくれないと人間不信を募らせてしまった。最初はちょっとしたボタンの掛け違いだったと思いますけど、明菜さんはかたくなで、25年たった今も修復できずにいるのです」

 それでも、父親の明男さん(85)は諦めていない。明穂さんが亡くなり、一緒に住んでいた家でひとり暮らしとなってしまったそうだが、明穂さんの遺骨をしばらく置いておき、「ぜひとも来てほしいと伝えて」と取材に来たマスコミに明菜への伝言を託している。

 青山氏が続ける。

「お父さんの呼び掛けは、今回にとどまりません。2017年、明菜さんのいちばん上のお姉さんにお孫さんが誕生されたときは『明菜によく似た女の子』と喜ばれ、祝って欲しいとおっしゃっていました。『あの子(明菜)からは大姪に当たります。明菜もそんな年なんですよ』と感慨深そうにされていました。明菜さんが歌手活動を再開されたときは補聴器を使ってもよく聞こえない耳で明菜さんの歌を聞いて、応援されていました。明菜さんのかわいい姪っ子さんがもう一度、お父さんとおばさん(明菜)をくっつけたいと動かれたこともあります。その気持ちを手紙にして、明菜さんのもとへ僕が届けたこともあります」(青山氏)

 明男さんは現在も自転車で週2~3日、働きに出ているそうだが、足腰が弱くなり、よろめいて、青山氏は手を貸したこともあるという。

「最近は取材で伺うと、涙ぐまれるんです。それだけ強い思いがおありになるのでしょうね。今はお元気ですけど、上皇さまと同い年なのですから、明菜さんが閉ざされた心の扉を一日も早く開かれる日を祈るばかりです」(青山氏)

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