「日本を代表する女優」山本富士子は大映退社後、映画に出演できなくなった

日刊ゲンダイDIGITAL / 2019年9月10日 9時26分

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山本富士子(C)共同通信社

【実録 芸能人はこうして干される】#1

 吉本興業の問題が世間の耳目を集め、「タレントと芸能事務所の関係」が注目された今夏。そこで取り沙汰された、芸能人が“干される”とは一体どういうことなのか。「芸能人はなぜ干されるのか?」の著者で、2017年には公取委で「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」の講演も行ったジャーナリストの星野陽平氏が業界のタブーに肉薄する。

 タレントの独立や移籍をめぐるトラブルは古くて新しい問題だ。

 戦前には俳優の長谷川一夫が松竹から東宝に移籍した際、松竹側の差し金によってヤクザ者がカミソリで長谷川の顔を切りつけるという事件があった。

 戦後になると、「俳優ブローカー」と呼ばれる業者により俳優の引き抜きが相次ぎ、映画会社の経営を圧迫。また、日活が戦時中に中断していた映画製作を再開するため、俳優の引き抜きを活発化させた。

 1953年、対抗策として当時の映画会社5社(松竹、東宝、大映、新東宝、東映)は五社協定という俳優の引き抜き防止カルテルを締結した。五社協定の成立で俳優の移籍は鳴りを潜め、映画界をむしばんでいった。有名なのが山本富士子(写真)のケースである。

 50年代から60年代の日本映画界で活躍した女優だった山本は、62年の結婚を機に仕事と家庭の両立に悩み、63年、大映専属からフリーに転身。結果、一切の映画に出演できなくなってしまった。「日本を代表する女優」といわれた山本だったが、映画出演の依頼はなくなり、舞台出演の機会まで閉ざされた。これが五社協定の威力だった。

■五社協定で映画界は衰退の一途

 だが、公取委は五社協定の問題を認識していなかったわけではない。57年、独立映画株式会社が製作した「異母兄弟」に東映所属の俳優、南原伸二と東映との契約が切れた直後の女優、高千穂ひづるが無断で出演したことが問題となり、松竹が五社協定に基づいて自社チェーンでの上映を中止するという事件があった。

 独立映画は五社協定と東映の妨害が独禁法に違反するとして公取委に申告。これを受け、63年、公取委は五社協定について独禁法に「違反する疑いがあった」と認定した。

 しかし、実態は変わらず、五社協定は野放しにされた。五社協定によって映画界は映画会社間の俳優の交流が乏しくなり、企画力の低下を招き、衰退の一途をたどった。

 ところが、これを反面教師とせず、テレビの世界でも五社協定と似たモデルが導入された。

 63年、渡辺プロダクションが主導して芸能事務所の業界団体「日本音楽事業者協会」が設立された。第一プロダクション社長、岸部清は、音事協について「そもそも、タレントの独立問題が背景にあって、ちょうど映画の五社協定に似た形で、親睦団体を名目に創設したわけです」と述べたことがある。

 実際、音事協はタレントの引き抜きを防止・独立阻止で団結してきたといわれ、五社協定同様、多くの“犠牲者”が生まれたのである。=つづく

(星野陽平/ジャーナリスト)

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