ウチの子をヴァイオリニストにさせたいんです…教育熱心な親に“幼児教育のプロ”が言い放った「まさかの回答」
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年9月29日 8時0分
(※写真はイメージです/PIXTA)
N響の顔として国内外で活躍する篠崎史紀氏は、1歳11ヵ月のときに初めてヴァイオリンを構えたといいます。音楽を習う子どもの家庭は厳しいものを想像してしまいますが、そうではなかったのだそうです。“音楽会の異端児”を育てた篠崎氏の両親がもつ教育観はどういったものなのでしょうか。篠崎氏の著書『音楽が人智を超える瞬間』(ポプラ新書)より、詳しくみていきましょう。
ヴァイオリンを弾くのは歯磨きと同じ
両親は長年にわたり、北九州市で音楽を通じた幼児教育教室を開いている。父も母も80代後半だが、いまだに現役だ。
二人は「才能教育」で有名な音楽教育家の鈴木鎮一先生が戦後すぐに開設した「松本音楽院」で、音楽を通じて人の心を豊かにする教育法「スズキ・メソード」を学んだ。
「ヴァイオリンを弾くことはけっして特別な才能ではない。言葉を話すのと一緒で、誰だって3歳からやれば楽しく音楽と接することができるようになる」というのが鈴木先生の信念。父の教え方も、「教える」のではなく「育てる」だ。
幼い頃からヴァイオリンを習っていたというと、英才教育を受けたと思われることが多い。モーツァルトの父親は息子の才能を見出し、厳しく教育し、宮廷社会に売り出した。音楽を志すイコール親が厳しく指導するという印象があるのかもしれない。
だが、父と私の関係はまったく違った。我が家にはあちこちにヴァイオリンが置いてあった。ベビーベッドの中にも置いてあったらしい。私はおもちゃと同じように、好きなように触り、時にかじったりしながら遊んでいた。
はじめてヴァイオリンを構えたのは1歳11カ月の頃。教室に習いに来る子どもたちの真似をして一番小さい16分の1サイズのヴァイオリンを顎にはさみ、台の上に立っておじぎをしたという。両親を含め、周りにいた人たちが盛り上がり、大きな拍手を送ってくれたのだろう。それ以来、スリッパやタオルを顎にはさんで上機嫌だったらしい。
両親の教室では年に4回の発表会がある。そのうちの3回は一人で弾き、残りの1回は合奏。生徒のおにいさん、おねえさんたちがステージ上に立っているのを見た私は、オープンリール(今の人はわからないかもしれないが、磁気テープがむき出しのままリールに巻かれているもの)のテープレコーダーの上に乗り、ヴァイオリンを構えて待っていた。
自分も高いところに上って構えれば、拍手をもらえると思っていたのかもしれない。
その後、3歳でヴァイオリンを始め、私も発表会に出るようになった。
一人で弾いて拍手をもらうのも嬉しかったが、年1回の合奏が好きだった。年上の生徒たちも、大人たちも、自分が3歳で弾いた曲を一緒に弾いてくれる。小さな自分でも、大人と一緒に音を出して一つの曲を演奏できることがすごく嬉しかった。みんなで演奏することが楽しいと感じたのは、このときが最初だろう。
うちに訪ねてくるのは、ヴァイオリンを習いに来る人ばかりだった。庭で飼っていた犬も、楽器のケースを持っている人には吠えなかった。私は幼稚園に入るまでは、人間はみんなヴァイオリンを弾くものだと思っていた。
家ではいつもヴァイオリンの音が鳴っていた。私にとってヴァイオリンを弾くのは歯磨きをするのと同じ感覚だった。歯を磨かなかったら気持ちが悪いように、一日でも楽器を触らないと気持ち悪かった。
動物園の象の檻の前でヴァイオリンを披露
母はそれなりにきちんと教えようとしたようだ。厳しくはなかったけれど、毎日弾くという習慣がついたのは母のおかげだろう。父はただただ自由に弾かせてくれて、歩きながら弾いても怒らなかった。私がヴァイオリンの中にかっぱえびせんを入れてカラカラ鳴らしていても、父は笑っていた。
「ヴァイオリンが弾けると世界中の人とお友だちになれるよ」
両親はよくそう言っていた。
だったら動物ともしゃべれるだろうか。4歳の頃、動物園に行くときにヴァイオリンを持っていき、象の檻の前で弾いてみた。象は何も反応してくれなかったらしいが、記憶にない。両親が幾度となく披露する定番の笑い話だ。
ただ、なぜ象の前で弾いたのか、そのときの自分の気持ちが少しわかる。象は動物園で一番大きいからだ。テレビでウルトラマンやウルトラセブンを見始めた時期だったので、大きい動物を怪獣だと思っていたのかもしれない。我ながらアホだなあと思うが、両親は止めなかった。飼育員も止めないのだから、おおらかな時代だ。
両親は「象にヴァイオリンがわかるわけないだろう」とか「恥ずかしいからやめなさい」などとはけっして言わない。大人は結果を知っているから、つい先回りしてしまうが、子どもにはいろんなことを経験させた方がいい。
うちの両親は、プロの演奏家を育てるために教えているわけではなかった。あくまでも専門は幼児教育。子どもたちに音楽を楽しんでもらいたいと願っていた。実際、うちに習いにきた人たちは、別の職業についても、アマチュアとして楽器演奏を続けている人が多い。
「この子をヴァイオリニストにさせたいんです」と主張する親に、うちの父はこう言っていた。
「子どもは3歳までに十分親孝行が終わっている。生まれてから3歳まで、あなたは子どもをなめたり、着せ替え人形にしたり、いっぱいおもちゃにして楽しんだでしょう。でも子どもにも自我が芽生える。意志を持つようになる。これからあの子はあの子自身のために育っていくんです」
両親が私を音楽家にしたかったかどうかはわからない。だが、将来のことは何も言われたことはなかった。
「そんなことってあるんですか?」とよく言われる。家が音楽教室なので、たしかに音楽家になるための環境は整っていた。でも親からは何も制限されなかったし、強制されることもなかった。
「練習しないとうまくなれないよ」と、厳しく言われていたら、私の性格上、反抗してやらなかっただろう。練習を放っぽりだして外に遊びに行ってしまったにちがいない。
篠崎 史紀 NHK交響楽団特別コンサートマスター/九州交響楽団ミュージックアドバイザー
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