現地の"おいしさ”を日本に!『無印良品のカレー』ができるまで
&GP / 2017年6月16日 11時0分
現地の"おいしさ”を日本に!『無印良品のカレー』ができるまで
バターチキンやキーマ、プラウンマサラにタイカレーと、すっかりおなじみとなった無印良品のレトルトカレー。
従来のレトルトのイメージをくつがえし続ける“無印良品のカレー”とはなんなのか。どのように作られているのか。さらには“中の人”はどんな人?
株式会社良品計画でカレーの開発をしている橋本聖子さんに、気になることを全部聞いてきました!
▲良品計画・橋本聖子さん
■過酷だけど楽しい海外リサーチ
ーー橋本さんは何年くらいカレーの開発をされているんですか?
橋本さん(以下 橋本) 食品の開発は8年ほどで、以前はお菓子を担当していました。カレーに移ってからは2年ほどです。みなさんご存知の商品では、プラウンマサラの開発や、バターチキンのリニューアルなどを担当してきました。開発担当は企画から社内プレゼン、海外でのリサーチ、試作、パッケージデザイン、販売の際のキャンペーンなど、ひとつの商品ですべての段階に携わります。
ーー素朴な疑問なんですが、無印良品って食品工場があるんですか。
橋本 私たちは工場を持っていません。なので開発は実際に作っていただく食品メーカーさんや、アドバイザーの先生とチームを組んで行います。
ーー「海外でのリサーチ」というのがすごく気になります! やっぱりあの本格的な味は、海外での調査が関係しているんですね。
橋本 海外リサーチは本当に地獄のようなカレーの日々です(笑)。企画やテーマが決まってから、インドやタイ、スリランカやインドネシアなど、カレーを日常食としている国にチームで行きます。もちろん朝昼晩カレー。カレー三昧です。
ーー朝からカレー!何軒も回って食べ歩くん感じでしょうか。なんだかすごくハードそうな…。
橋本 ハードな部分もありますね。やっぱりスパイスと油がすごく強いんですよ。夏は暑くて、みんな胃薬片手にカラダを張ってやっています!
ただ3食カレーではあるんですが、テーマは変わります。
インドなら、ホテルの朝食にもカレーがある…というか、カレーしかない(笑)。ここで現地のおうちカレーに近いものが食べられます。
お昼は何軒かカレー屋さんを回って、ひたすら同じ種類を食べたり。
夜は人気のお店で、いろいろな種類を頼んで傾向を見ます。「高級店だとリッチ系だね」とか「屋台では、こんな工夫で安く作っているんだな」とか。
ーーなるほど!さまざまな角度から縦横無尽にカレーを食べまくるんですね。ちなみに、そういった橋本さんのカレー経験から「インドでおいしい店を選ぶコツ」があったら教えてください。
橋本 高けりゃいいというわけでなく、本当に普通のお店。“インド人に流行っているお店”が、おいしいと思います。「日本人もインド人もおいしさはみんな一緒なんだな」と感じますね。
これはチームの間でも一緒で。「おいしい」と思うカレーはみんな一致します。そこで共感したおいしさが、開発のヒントです。でも完全コピーを目指すわけではなく「あの店のトマト感がすごい」とか「この店のバター感がいい」とか、いい要素を集約して1個の商品を作ります。
ーー無印良品のカレーには、現地のたくさんのお店の良いところのが凝縮されているわけですね。
橋本 いいお店を見つけたら質問してみます。インドはいい人が多くて「そんなに興味があるのか! 厨房見てみるか?」なんて、いろいろ教えてくれて。
よくあるのは、レシピは普通なのに、その土地の素材がそもそもおいしいという場合です。「このトマトは何?」と聞いたら「店の裏で育てたトマトだけど」と。そのトマトを持って帰るわけにはいきませんから、チームで「おいしさ」の印象を持ち帰って、現実的な値段で再現するための技を考えるんです。
■カレーは食べれば食べるほど好きになる!
ーーレシピをそのまま真似るのじゃなく、現地での「感動」の部分を再現するスタイルなんですね。そうして、みんなで持って帰った「おいしさ」は、日本ではどのように商品になっていくんですか?
橋本 チームで「あのときのおいしさ」をどうやって出すのか会社を超えて議論をします。そこからメーカーさんに頼んで何回も試作して。商品になるまで半年ほどかかりますね。100回くらい試食したこともあります(笑)。
ーー試食! やっぱりたくさんするんですね。カレー開発チームの試食風景ってどんな感じだろう。興味津々です。
橋本 1回に20皿、30皿のカレーが出てきます。一口ずつ食べてまた戻って、次にご飯と組み合わせてみて全部…と何度も。同じカレーの「トマト○○%バージョン」をいくつも食べたりもします。よく「楽しそうだね」って言われるんですが、とにかく食べるので、なかなかしんどい時も(笑)。
ーー確かに20皿・30皿となると、かなり苦しそう(笑)。そんな繰り返しから生み出される「無印良品のカレーの味」なんですが、かなり攻めているようにも感じます。現地感が強いというか。それでも、私たちが気づかないところで、日本人の口に合わせている部分もあるんですか?
橋本 カレーライスとして食べられることが多いので「ご飯と組み合わせた時に、特徴が活きるように」という意味でアレンジをすることはあります。
基本的に日本人の「口」に合わせることはしません。逆に、日本で食べても本来のおいしさを感じてもらえるように、ということですね。ポイントになるのは『粘性』ですかね。
ーーこれは思ってもみなかった真逆の発想! 私たちの舌に媚びることなく、しかし食のスタイルに寄り添ってくれているんですね。ただ。やっぱり橋本さんも日本人なわけですよね。海外では3食カレー、日本では試食の嵐となると、カレーがツラくなったりはしませんか?
橋本 それが、イヤにならないんですよ。カレーの担当になってから「カレーは食べれば食べるほど好きになるんだ!」と、日々驚いています。プライベートでは仕事を忘れて楽しむためにカレー屋さんに行きますし、カレー部を結成していたこともあります(笑)。
ーーすごい。底知れないカレーの魔力と、橋本さんのカレーへの強いリスペクトを感じますが、そんな橋本さんの考える“無印良品のカレー”の面白さは、どんなところにあるのでしょうか。
橋本 カレーの郷土食としてのストーリー性を大切に開発をするのが、すごく面白いところです。
例えばインド北部なら、山が多く動物がたくさんいて、牛からは牛乳が採れます。ナッツ類も豊富でそれを保存する文化があります。そして比較的寒い。ゆえにチキンやマトンなどのお肉と、生クリームやナッツのペーストを使った濃厚なカレーが多い、というストーリーがあります。
逆にインドの南の方に行くと、海に近くココナッツがたくさん生えています。それでココナッツミルクでコクを出して、魚介を具材にするあっさりしたカレーが多い。
土地土地の暮らしに馴染んだカレーがある、その空気感を伝えたいと思っています。
ーーカレーの物語や現地の風景に想いを馳せながらカレーを食べたら、もっと美味しく感じられそうですね!
橋本 「売れるものを」というより、世界の風土や、伝統、文化を無印良品として発信し、「食の楽しさ」や「初めて食べるおいしさ」に共感してもらいたいと考えています。さらに安心・安全で、やさしいものであるように、現在は化学調味料と合成着色料と香料を使わずに商品開発をしています。
あくまでコストダウンを目指しながら、きちんと美味しいもの、良い素材を、と。原点的で、日々の暮らしにリアルになるものが無印良品らしいと思っています。
■食べ方も現地風を提案
ーー今年に入っても、新たにいくつもラインアップに加わっていますよね。もともとバラエティー豊かな無印良品のカレーですが、なんだか最近すんごく増えていないですか?
橋本さん(以下 橋本) そうなんです。今年出たこちらのシリーズで一気に10アイテム増えました!
ーーおお!カラフルですね。でもなんだか袋がいつもより小さいような…。少食の人向け? チョイ食べ用とか?
橋本 今までは、1食でお腹がいっぱいになる180gのカレーを販売していたのですが、このシリーズは1食100gなんです。小さめにした理由は、実は大々的にうたっているわけではないんですが、今回は「"食べ方"も提案したい」ということを考えていて…。
ーー100gと言うと、今までの半分強ですね。しかし、食べ方ってなんだろう。
橋本 インドでは「ターリー」とか「ミールス」と呼ばれる、2・3種類のカレーと主食とサイドが大皿に一緒に盛られたスタイルが一般的です。お皿の上で、カレーを単体で食べたり、混ぜて味わったりするんですね。そんな「組み合わせ」の楽しさを提案したくて、2つ3つを一度に食べられるように少量にしました。もちろん、夜食や小腹満たしに1食で食べていただいても美味しいですよ。
ーーあの「ターリー」って、カレーを混ぜて食べてもいいんですか? 知らなかった…。今回のシリーズも、組み合わせて混ぜながら食べることもできるということですよね。
橋本 はい。今回はどれとどれを組み合わせても合うようにラインアップしました。
ただ実は、ちょっと仕掛けがあって…。
パッケージの写真を見てください。主役のカレーの左右に、別のカレーの端っこが写り込んでいますよね?
▲写真の右上と左上に写っているのが、オススメの組み合わせになる商品だ!
実はこれが「おすすめの組み合わせ」を表しています。売り場でも、その組み合わせが隣り合わせるように陳列していて。あえて書いてあるわけではないんですが、よく見るとヒントが…という形ですね。
ーーおおーっ!そんな秘密が! そういえば、無印良品の食品のパッケージで、他のアイテムが写り込んでいることって無いですよね。
橋本 はい。通常は絶対やらない方法ですね。今回あえて組み合わせの楽しさをあらわしてみました。
例えば『ココナッツチキン』のパッケージには、穏やかな味の『ケララシチュー』と、焼きなすとゴマのカレー『ベイガンティルマサラ』が写っています。鶏肉のがっつり感、野菜、やさしいシチューを一緒に楽しめるバランスの良い組み合わせになります。
▲取材時に試食させてもらった際の並び順。隣同士がオススメの組み合わせだ
■野菜のカレーに注目! 橋本さんのお気に入りは…
ーーパッケージを眺めながら今日のマッチメイクを考えるなんて、超楽しそうじゃないですか! しかし、このナスの『ベイガンティルマサラ』おいしいですね。肉のカレーじゃないのに、旨味がすごい。そういえば野菜だけのカレーも多いような…。
橋本 そうなんですよ。野菜の旨味は煮込まれることで本領発揮するんです! 先ほどの『ベイガンティルマサラ』もそうですし、レンコンとゴボウの入った『コザンブ』、ひよこ豆の『チャナマサラ』なども現地の人たちによく親しまれているものです。
ーーしっかり食べたい時はお肉のカレーと組み合わせられるのも嬉しいところですね。この中で橋本さん的イチオシメンバーはどれですか?
橋本 『ケララシチュー』っていうのがあるんです。実は一番売れてないのですが(笑)。あまり辛くなく、何にでも合うんです。肉系でも、酸味のあるものも、全部をマイルドにしてくれて。本当にいい働きをしてくれます。本当は、こういう人(ケララシチュー)を知っていただきたい! 見た目以上に頑張るヤツですから!
▲橋本さんオススメの『ケララシチュー』
ーー橋本さん、アツいぜ! たしかに見た目は地味な『ケララシチュー』、意外なほどのポテンシャルを発揮しますね。キリッと酸っぱい『ケララフィッシュ』との組み合わせなんか、最高です! それに、どのカレーもそうですが、野菜の食感やスパイスの鮮やかな香りが印象的。お店で食べているみたいです。
橋本 その点では、かなり手間がかかっています。材料を入れる順番を工夫したり、先にスパイスを炒めて香りを出したり。鍋で作る工程を工場のラインで再現するようにしています。
ーーその工夫、伝わります!本当に出来立てみたい!! …とか言っているうちに、どんどん食べ進んで100gのシリーズ10種類を食べつくしてしまいました。でも、もっと食べたいです、橋本さん。
橋本 まかせてください! 通常の180gのカレーにも、新作が加わってますよ。今年の春夏は「爽やかな南インドのカレーを訴求しよう!」という作戦で、『チキンシャクティ』と『キーママタル』の2種類を発売しています。
▲ちなみにこれらは従来のパッケージを踏襲しているので、その商品単体がプリントされている
ーー前回、南インドにはココナッツでコクを出すカレーが多いと教わりましたが。
橋本 そうなんです。まず『チキンシャクティ』は、ココナッツそのものが入ったカレーです。ココナッツを乾燥させた「ココナッツファイン」という素材を使って、シャキシャキした食感を出しています。
ーー本当だ。ココナッツの繊維感が楽しいですね。もうひとつの『キーママタル』はどんなカレーですか?
橋本 『キーママタル』は、キーマにココナッツを組み合わせた南インドでは割とベーシックなカレーで、ひき肉とグリーンピースが入っています。マイルド系というよりは力強さを感じさせ、グリーンピースがとってもいい役割を果たすんですよ!
ーー私、正直グリーンピースのことをどうでもいいヤツだと思っていました。でも、このスパイスの香りの中のグリーンピースの存在はとっても楽しい! …あっという間にすべてを食べきってしまいました。ごちそうさまでした。さて、橋本さんはもうすでに次の開発に着手されているとか。
橋本 さらに「季節感」があるカレーの提案を考えています。例えば今回の春夏はココナッツ。次の秋冬には、濃厚なカレーを考えています。サグチキンのようなものとか、チーズを使った濃厚なものとかですね。
ーー寒くなると、こってりしたカレー食べたくなりますよね。やはり今回も海外調査に行かれたんですか?
橋本 濃厚なカレーということで、北部のデリーやラクノーといった街に行きました。ラクノーは「マトンカレーしかない」みたいなコアな地域で、なかなかカオスでした(笑)。でも、マトンカレーは本当に美味しくて。とにかく味が濃くて、肉が力強いんですよ。
ーーマトンカレー好きとしては、無印良品のマトンカレーを超期待しています!ぜひ、よろしくお願いします! 最後に、今までうかがった以外にも開発担当者としてのこだわりがありましたら教えてください。
橋本 既存の商品のリニューアルにも力を入れていきたいと考えています。人気商品だからと甘んじるのではなく、定期的に立ち止まって見直したい。
もちろん売れている商品を変えるのを怖いと感じることもあります。でもお客様の「おいしい」の基準はすごく上がってきていると思うので。加工技術に負けない「1から作った美味しさ」というものを常に提案して、新しい発見をしていいただけるようにしたいですね。
世界の国々の風土と人の暮らしに寄り添うカレーを、日本の普段の食卓に届けてくれる『無印良品のレトルトカレー』。開発者の橋本さんのお話からは、土地土地のパワフルなカレー文化の香りと、カレーへのスパイシーで深い愛情が感じられました。
>> 無印良品
(画像提供/良品計画)
(取材・文/くぼきひろこ)
くぼきひろこ/ライター
美食・カルチャー・ライフスタイル・クルマ・ゴルフ・巷の美女etc……対象は様々に、雑誌・ウェブサイト等の各種媒体にて活動中のフリーライター。「人の仕事のすべて。そして、その仕事から生み出されるすべてのモノゴトが面白い!」と津々浦々の興味津々で取材・執筆を行う。
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