厳冬期本格的アウトドアの装備。№2「氷点下の道具編」 映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【19】
&GP / 2018年2月28日 21時0分
厳冬期本格的アウトドアの装備。№2「氷点下の道具編」 映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【19】
■大災害に備えて
前回同様、氷点下で活躍するアウトドア道具類の数々は、もしも大災害などに遭遇した場合、それらの道具が無事であれば役にたつものばかりなので引き続き紹介していきたいと思う。
氷点下のキャンプ生活で最も重要なものは大きく分けると3つある。
寝袋とテントとバーナーだ。
▼ ヴァランドレ・ローツェ1100S(1998年モデル)
▲このワッペンは旧ロゴで今のロゴとは少し違うようだ。
厳寒地でキャンプ生活をする場合、やはり一番大切なのは寝袋だと思う。
最悪、テントなどが破損したり、緊急時で外や何も無い小屋などに寝泊りする事だってありうるからだ。
その時に寝袋が安心できないものだと、しっかり眠る事もできなくなる。
従って、寝袋だけはケチらない方がよいと思っている。
僕が長年使用しているフランスのヴァランドレ・ローツェ1100Sというモデルはマイナス40度まで耐えられる本格的な冬山登山用寝袋である。
20年前の1998年11月、『白THEWHITE』という映画の撮影のため購入したものだ。
寝袋の場合、注意しなければならないのは、表示の耐えられる温度の表記より10度~5度ぐらいサバを読んでおいた方がよいという事。
表記の温度は、「かろうじて死なない」と認識しておいた方がよく、快適に眠るという表記ではないからだ。
従ってマイナス40度仕様という事は、だいたいマイナス30度ぐらいまでが、快適に眠れる範囲という事になる。
僕が購入した当時、ここまでハードな仕様でコンプレッサーを使って小型になるものはこれしかなく(他は大型で小さくはならなかった)、当然お値段も高額(約10万円)だったので、さすがに悩んだ(装備類の中では自転車やカメラ類を除くと一番高いものだった)。
北海道は夜間の最低気温が場所によってはマイナス30度近くなる上に、撮影旅は長期になるので、このぐらいでないと耐えられない気がした。
それにこれが一発あれば、先に書いたように、マイナス30度近い外に放り出されたとしても、寝袋にスリーピングカバーを被せればそのまま雪の中でも眠る事が可能だろうと思った。
緊急時でも十分役にたつ。
ICIスポーツの冬山登山をやっているらしい店員のお兄さんにいろいろ聞いて悩んでいたら、お兄さんはボソリとこう言った。
「あったかい方がいいですよ」
この一言で決断したわけだけど、後にしみじみとお兄さんの言う通りだったと思った。
あのお兄さんはきっと冬山でひどい目に合っているに違いない。その一言には、そんなリアリティが滲んでいた気がする。
こうしてこの寝袋のおかげで、実際マイナス30度近い状況でも、テント内でも下着一枚で快適に眠る事が可能となった。
僕のモデルはもう古いが今のところ機能の劣化は無いようだ。20年の間、5回の厳冬北海道に出かけているが、4年ほど前に使用した限りでは大丈夫だった。
天然の羽毛なので、使用した後は必ず干して水分を飛ばし、テンションを緩めて注意しながら保存している。
しかし、極地旅で古いものは、機能の劣化が考えられるので、新しいものを使用した方が良い事は言うまでもない。一応、注意すべく記しておく。
▼ プロモンテ(ダンロップ)VL22(2人用)+冬用外張り
テントの場合、中のインナーテントに関しては、雪の氷点下でも3季用と変わらない。通常はフライシートという雨を防ぐものをインナーテントに被せて使用するが、冬季の雪山用には「外張り」と呼ばれるカバーをインナーテントに被せる。
フライシートとの違いは下部の裾の部分にスカートが付いている。
これは、雪原や氷上だと、基本的にペグが打てないため、このスカートに雪を盛り、四隅を水や小便をぶっかけて凍らせてテントを固定する役割と、下を塞ぐ事により、保温能力を高める役割がある。
また、外張りの入口は絞り式となっている。
通常のジッパーだと凍りついて入口が開かなくなってしまう可能性があるため、凍結を防ぐべく、シンプルな紐にしてトラブルを回避しようというものだ。
自分の場合、これに加えて、テント内部の四隅にフックがあるものを選んでいる。これは、フックにロープを張り天井に雪で濡れたグローブや靴、手ぬぐい、その他を吊るして乾かすためで、厳冬キャンプに限らないが、吊るしておける機能はテント内の場所も広く取る事もできるため、重要だった。
自分のようにキャンプがある程度長期になる場合、一人用のギリギリのテントではなく、二人用の少し広いものの方が向いている。多少重くなるが、荷物を置くスペースもできて、ゆったり過ごせるからだ。
長期だとテントは居住性も必要で、自分の場合、若干ゆとりがある方が疲れも取れて快適なのである。
雪上キャンプはそのままテントを設営できない場合が多く、テントをたてる前に、地ならしの作業が必要となる。
▲軽量な分解式スコップ。三つに分解できるので自転車に積みやすく、テント設営などに大活躍
そのため、写真のような軽量で分解できるスコップを荷物に積んであり、雪かきの作業から始める。
雪をテントのスペース分だけかき分けて、地面を平らにするのだ。
スコップで雪を平らにしたあと、自分でゴロゴロ転がってさらに地面を固めてていく。こうしてようやくテントを建てるのである。
冬の北海道の場合、テント設営場所を決めるのが一番苦労する。
キャンプ場などはどこに行っても山のような雪でテントどころではない。
従って市街地などのどこか、という事になるが、ヘタな場所に建てると、雪が降った場合、除雪車が来て巻き込まれる恐れがあり、大変危険なのである。従って除雪車が来ない
ちょっとしたビルの裏手とか、民家にお願いして庭をお借りする場合もある。
▼ MSRドラゴンフライ
これも約20年前に購入して使い続けている。
アメリカのMSR(マウンテン・セーフティ・リサーチ 山岳安全研究所)の液体燃料を使うストーブである。
僕は夏はガスバーナーを使い、冬は液体燃料系ストーブを使う。これは調理はもちろん、テントの中で暖を取るためだ。
本当はテント内でバーナーを使うのは危険なのでお勧めはできない。特にガスバーナーは大変危険だ。従ってガスバーナーだけは決してテント内では使わない。
ならば液体燃料系ならいいのか?と言うと微妙なところだが、自分の場合、灯油使用で自己責任で使っている。
元々、植村直巳がグリーンランドを縦断してる時にテント内で机を置き、灯油のバーナーを使用していたのを記述で読んだからだ。前記したロープを張って持ち物を乾かすのも、ここからヒントを得ている。
ガソリンは何かあったら、燃えるというより爆発するので、これまた使わない。僕は灯油専用にしている。ドラゴンフライというストーブは、ジェットの交換で各種液体燃料を使えるのが特徴で、さらに前のモデル、ウィスパーライトにはできない火力調整ができるのが魅力的なのである。
これにより火を簡単にコントロールできるので、テント内で弱火にして板の上に置き、くつろぐ事が可能だ。
毎回、テントの中でポンピング、火を緊張した面持ちで慎重に着火しプレヒートを行い無事に火が安定すると、ホッとしてようやくアウターを脱ぎ、くつろぐ体勢となって、その日が終わった感じがする。
このMSRのドラゴンフライは、もしもうちでガスが止まったとしても、灯油やガソリンがあれば、暖かい食事を作る事ができて、暖を取る事も可能なのだ。
■冬の旅
もう5回も厳冬北海道に行ってるのに、まだ行く気まんまんだ。
僕はこういった優秀な道具に守られながら、今日も自転車でどこかに消える。
特に理由はない。いろいろな楽しみはあるのだけど、危険も伴うので、とても人にはお勧めできない。
しかし、これらの道具はとてつもない自由を与えてくれるのは確かだと思った。
この道具たちを持って、道さえあれば、僕はどこにでも行けるし、最低限は生きていく事ができるのである。
今日も都心の部屋で、これらの道具が与えてくれる「自由の世界」を妄想する。なかなか悪くない時間だと思う。
(文・写真/平野勝之)
ひらのかつゆき/映画監督、作家
1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。
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