宮沢賢治、新渡戸稲造……あの偉人たちも「霊能力」に支えられていた!

ハピズム / 2013年3月30日 17時30分

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 歴史上の偉大な人物には、霊能者のかげが見え隠れしています。霊能者といっても、本物の霊能者ほど、その才能をひけらかしはしません。そうした才能などないかのように、自然体で生活しているものです。

 たとえば、現在の日本の元を作った偉大な人物の1人に新渡戸稲造がいます。

 新渡戸は、日本の農業を振興し、関係が悪化する日本とアメリカとの架け橋となった偉大な人物です。今でも『武士道』などの著書は世界中で読まれていますし、彼が台湾総督府の役人時代に手塩にかけて育てた現地の製糖業は世界五大産地の1つとなりました。

 そんな彼の近くにも霊能者はいました。超能力に多大な関心を寄せていた世界的な哲学者ベルグソンや文学者ギルバート・マレー博士との交友にとどまらず、日本の東北の優れた霊能者に教えを請うたのです。その人の名は佐藤法亮尼。山形県赤湯町の東雲寺というお寺の尼さんです。拙著『新・あの世はあった 文豪たちは見た! ふるえた!  心霊・超常現象が眠れる意識をどう覚醒させたか』(ヒカルランド/矢原秀人共著)から一部をご紹介しましょう。

■新渡戸の最期を見抜いていた法亮尼

 新渡戸と法亮尼の出会いは、昭和2年でした。新渡戸は国連事務次長の職を辞したばかりでしたが、すでに有名になっていた自らの名前を伏せて佐藤に会いに行きます。一方、当時まだ27歳の若者でありながら、その純粋さによって人並み外れた霊感の持ち主であった法亮尼は、祈祷中に優れた人物が自らを訪問してくることを予知していました。

 新渡戸のさまざまな問いに答えるうちに、法亮尼は、新渡戸が我欲のない無私の立派な人物で、釈迦かキリストの再来のような方だと思えてきました。やがて、新渡戸が真に危惧している日本とアメリカとの関係に話題が及びました。法亮尼は、新渡戸が国際問題で奮闘し、外国で亡くなることや、畳の上では死ねないことを見抜いてしまいます。

 この出会い以後、親子あるいは祖父と孫ほど年の離れた2人の交流が始まります。

 次第に力を増す軍人たちに誤解されていた新渡戸には、たびたび生命の危険も迫りました。法亮尼は新渡戸に迫る危険を予知し、新渡戸を助けるために尽力しました。例えば、昭和7年頃に、法亮尼は新渡戸の身に危険が迫ることを察知して、上京して新渡戸家に寄宿します。ある日の深夜に、政治活動家のような男たちが2〜3人、新渡戸を訪ねてきました。法亮尼は、新渡戸は留守だと言いますが、男たちは家に入ってきてしまいます。秘書が対応しているうちに、法亮尼は新渡戸を寝間着のまま女中風呂に入れ蓋を閉めて隠し、出てこようとする新渡戸を押しとどめ、危機を回避します。

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