なぜ日本人は「タマちゃん」が好きなのか? 知られざるマツモトキヨシとUMAの関係とは!?

ハピズム / 2013年6月10日 20時0分

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 夏の参院選比例代表に出馬予定だった日本維新の会・松本和巳氏が、共同代表である橋下徹氏の従軍慰安婦をめぐる問題発言を受け、「仲間に鉄砲で背中を撃たれたような気持ちだ」と、出馬辞退を党に届け出た……なんて今回も、恒例の「それがUMAと何の関係が?」シリーズになってしまった。

 松本和巳氏といえば、おじい様はドラッグストア「マツモトキヨシ」の創始者・松本清氏。そして、現在では全国の役所で見られる「すぐやる課」を最初に立ち上げたのが、当時千葉県松戸市長だった松本清氏その人だ。今回は、その「松戸市役所すぐやる課」の初代課長が、日本UMA史に残る名言を残したエピソードを紹介したい。

 1972年10月12日の早朝5時頃、千葉と埼玉の県境を流れる江戸川の古ヶ崎水門(千葉県松戸市)近辺で、川岸に寝そべっている1匹の怪物を釣り人が発見した。釣り人が怪物に近付いてみると、それはムクッと起き上がり川の中へとザブンッ。怪物はひと泳ぎし、身体を左右に揺さぶりながら川岸に上陸。そしてしばらく釣り人をジーッと見つめたあと、ふたたび川の中へ飛び込んで水中に消えた。早朝ゆえ薄暗く、釣り人ははっきりとは見えなかったが、体長は2メートルほどで、全身は茶褐色の毛で覆われ、顔には丸い目とピンと張ったヒゲが生えていたという。

 怪物は翌日も現れ、複数の人達に目撃された。そのウワサはアッという間に周辺へと広まり、日ごと江戸川の両岸にはヤジ馬が増えていった。そこでマスコミ各社が「江戸川に怪物現わる!」と報じたため、さらに見物客が増殖。騒ぎが収まる15日までに、ヤジ馬や報道陣の数は、推定のべ5千人を計上した。その頃の日本のUMAといえば、1970年に広島県比婆山で目撃された「謎の類人猿ヒバゴン」ぐらいで、イッシー、クッシー、ツチノコなどの著名UMAが騒がれたのはもう少し先のこと。「日本にもネッシーみたいな怪獣が!」とマスコミが煽るのも無理はなかったのだ。

 でも、その正体だが……第一発見者以外の目撃談も集めてみると、「4、5分潜っては顔を出し、フーッと息をした」「ギャオン、ギャオンと鳴いた」「スイカほどの丸い頭で、目がまん丸くって口ヒゲがピンと生えていて……ありゃ、憎めない顔だな」。こりゃ、どう考えてもアザラシかトド、アシカのような鰭脚類(ききゃくるい)だよ。つまりこれは「タマちゃん騒動」の先駆けだった可能性がヒジョ~に高いのだ。

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