「商店街を潰したイオンが撤退で買い物難民」は全てが真逆だった!?――「イオン撤退でも買い物難民ゼロ」の理由とは

HARBOR BUSINESS Online / 2019年2月23日 8時31分

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イオンはこの町に商店街を生み、そしてその商店街に負けた。佐賀県上峰町、イオン上峰店(旧マイカル上峰サティ)にて

 イオンが閉店する――。

 2018年5月、佐賀県の小さな町に衝撃が走った。

 一部メディアはあたかも「商店街を潰したイオンが撤退して買い物難民が発生する」ことの好例のように大々的に報じた。しかし、事実は決してそうでは無く、この町ではむしろ全てが「真逆」だった。果たしてそれは一体どういうことだろうか。

◆一番混んでいるのはパチンコ店……悲しい「巨大ショッピングセンター」

 2019年1月、佐賀県上峰町。約1ヶ月半後に閉店を控えたイオン上峰店の1階食品売場は混雑しているとは言い難いものの客の姿が絶えず、「閉店」の悲壮感はあまりなかった。しかし、一歩食品売場を出るとその様子は一変する。

 すでに空き家となったテナントの数々に、まばらな人影。テナントの跡地にはメッセージボードが設置され、「マイカル」「サティ」の閉店を惜しむ人たちの声で溢れていた。

 シースルーエレベータを使って2階、3階に上がると客の姿はさらに少ない。客は2フロア合わせて10人程度か。閉店セールの赤札も淋しげだ。この日混雑していたのは、かつてイオン別館(ワーナーマイカルシネマズなどが入居)を解体して建てられた別棟のパチンコ店くらいであった。

 話を聞いた久留米市の60代男性は「昔は本当に賑わっていた、映画を(久留米から)観に行く人が多かった」、また久留米市の20代女性は「小さい頃は良く来ていた」と話すが、いずれも最近は滅多に足を運ぶことが無くなっていたという。

 果たして、これだけの規模のショッピングセンターが閑散としてしまった理由は何なのであろうか。

◆「上峰町を変えた」かつての地域一番店

 もともと、この「イオン上峰店」はイオングループの店舗ではなく、マイカルグループの店舗であった。

 イオン上峰店の前身である「上峰サティ」は1995年3月にマイカルグループの地方会社「九州ニチイ」が開業させたショッピングセンターだった。

 久留米市と佐賀市のほぼ中間、両市から車で20分圏という佐賀県上峰町の幹線道路沿いへの出店で、開業時の売場面積は21,200㎡(映画館などが入る別館を除く)。当時は佐賀県のみならず隣の長崎県全域や福岡県筑後エリアを含めても最大級の商業施設であり、豪華な内装の店舗には九州初のブランドや百貨店系ブランドも出店するなど、大きな話題を呼んだ。

 開業翌年の1996年には新たに地域初となるシネマコンプレックス「ワーナーマイカルシネマズ」(現:イオンシネマ)、レストラン街などが入る別館が開業し、さらなる広域集客に成功。マイカル九州(1996年に九州ニチイから社名変更)の旗艦店として、名実ともに西九州~福岡筑後エリアの「地域一番店」となり、さらなる増床計画も発表されていた。

 サティはこれといった集客施設も無かった上峰町に大きな雇用、税収、そして人の流れをもたらした。

 当時の上峰町は町制を敷いて「上峰村」から改名されたばかり。町には小さな個人商店の集積がいくつかあったものの大きな商店街は存在せず、買い物は近隣の市町に依存する状態であった。しかし、サティの開業後は周辺の沿道(県道22号線・国道34号線)に地場・全国チェーン問わずホームセンターやファミリーレストランなど多くのロードサイド型店舗が出店。やがて、それらの商業集積は「商店街」の様相を呈することとなった。

 利便性の向上によりサティやロードサイド店の周辺には住宅が大きく増え、上峰町の人口は増加の一途を辿った。

◆「都市に近い」郊外ショッピングセンターに敗北

 しかし上峰サティが「地域一番店」の座から陥落するのは早かった。サティ開業から僅か3年弱経った1997年、隣接する鳥栖市に九州最大手のスーパー「ラララグループ寿屋」の旗艦店「ジョイフルタウン鳥栖寿屋」(現:フレスポ鳥栖)が開業すると、早くも地域一番店の座は奪われる。その後、1999年には「ゆめタウン大川」(大川市)、2000年には「ゆめタウン八女」(八女市)など近隣都市にショッピングセンターが相次ぎ開業し、商圏は徐々に狭まった。

 とくにサティに大きな打撃を与えたのが、2000年に開業したシネマコンプレックスを備えた「イオン佐賀大和ショッピングセンター」(現:イオンモール佐賀大和、佐賀市大和町)と、2003年に開業した「ゆめタウン久留米」(久留米市)、そして同年にゆめタウン久留米の向かいに開業したシネマコンプレックス「Tジョイ久留米」(久留米市)だ。

 これらはいずれも上峰サティよりも規模が大きく、さらにシネマコンプレックスもあるということで、佐賀市や久留米市近郊の居住者を集客の要としていた上峰サティは完全に劣勢に立たされることとなった。

 さらに、佐賀市ではイオンよりも中心市街地に近いエリアでも開発が進み、2003年に「モラージュ佐賀」が、2006年に「ゆめタウン佐賀」が相次いで開業。これらはイオンモール佐賀大和や上峰サティよりも佐賀市中心部からのアクセスが容易な立地で、ますます客足は減ることとなる。

 この間、マイカルグループは2001年に経営破綻、マイカル九州はイオンの傘下となったのちに2007年にイオン九州に経営統合され、周辺のイオングループのショッピングセンターとの棲み分けも課題となっていた。

 そうしたなか、周辺都市での「ショッピングセンターラッシュ」以上に「決定的な打撃」を与えたのが、2009年にイオンの真向かいに開業したディスカウント業態の大型総合スーパー「トライアル上峰店」だった。徒歩圏に出現した競合相手により大きな打撃を受けたイオンは、翌年の2010年にシネマコンプレックス「ワーナーマイカルシネマズ上峰」(現:イオンシネマ)を閉鎖。専門店の撤退も相次ぎ、これ以降、店舗の活性化は放棄された状態となった。

 上峰サティは2011年にイオン上峰店と名称を変更、2012年に大型改装が行われたものの、専門店はさらに大きく減り、事実上の「大幅グレードダウン」となり、一般のスーパーマーケットとの差別化も難しい状態となった。また、シネコンやレストラン街などがあった別館は建物ごと解体され、パチンコ店となった。

 筆者は同店を何度か訪れたことがあるが、トライアルの開業後は客足が目に見えて減ったように思えた。「グレードダウン」後は2階・3階を合わせて客が数人ということも少なくなく、一部のテナント跡は休憩所として活用されている状態であった。

◆一番の敗因はイオン自らが生んだ「デフレ社会型の“新商店街”」

 さて、気付いた人も多いであろう。このイオンの閉店の最も大きい要因は「向かいに大型スーパーが出来た」ことであり、しばしば問題にされるような「イオンの撤退による買い物難民」は発生しない。

 イオンの真向かいに2009年に開店したディスカウントスーパー「トライアル」は福岡県に本社を置く大手企業の店舗で、衣・食・住・薬の全てを幅広く扱う総合スーパー業態。建物は平屋で売場面積は3000平方メートル台であるが、店内には所狭しと商品が並べられており、しかも24時間営業。小型家具や自動車用品、地域で需要の高い農業用品などはイオン上峰店よりも品揃えがいいほどで、イオンで買うことができる多くの品物はここでも買うことができる。もちろん、ディスカウントストアだけあって殆どの商品はイオンよりも安価で販売されている。

 また、イオンの並びに2008年に開業した「ドラッグストアモリ」も強敵だ。こちらも福岡県に本社を置く西日本大手のスーパードラッグストアで、売場面積はイオンの10分の1の規模ながら近年は食品販売を強化しており、一部の生鮮食品の導入も開始。ドラッグストアだけあって殆どの商品がイオンよりも安価で販売されている。

 もちろん、このトライアルやドラッグストアモリだけではイオンに到底対抗できる規模ではない。しかし、先述したとおり、この周辺はサティ進出後に新たにロードサイド型の「新たな商店街」が形成されたエリアだ。

 現在、イオンの徒歩5分圏内には家電量販店、書店、回転寿司、大手アパレル店、ドラッグストアなどが並んでおり、さらに車で5分圏内まで広げると食品スーパー、ディスカウントスーパー、スーパードラッグにファミレス、ファストフード、100円ショップ、ファストファッション店などもある。

 この辺りは佐賀平野であるため自転車を使う高齢者も多くみられるほか、佐賀と久留米を結ぶ幹線道路沿いであるため、路線バスも日中1時間に2~4本走っている。店舗前からこのバスに乗って10分ほどの場所にはJR長崎本線吉野ケ里公園駅もあり、鉄道に乗り換えて佐賀市や福岡市へと向かうことも可能であり、自家用車利用者でなくとも利便性は高い。

 しかも、この新たな商店街の成長期は「デフレ社会」の真っ只中にあった。そのため特に先述した「トライアル」をはじめとした「大型ディスカウントスーパー」の出店攻勢はすさまじく、イオンから車で10分圏内に5軒も立地。スーパードラッグの出店も少なくなく、この沿道はまさに「ディスカウント激戦区」と化している。訪問時にもイオン近くで県外資本のディスカウント食品スーパー、100円ショップなどの新設工事が行われており(1月31日開業)、いまだに企業の出店意欲は大きい。

 足元の商店街が発展したことによって巻き起こった「格安競争」で劣勢に立たされたイオンは、末期には催事場にプライベートブランド「トップバリュ」を大量に並べるなどの努力もしており、「ショッピングセンターとしてのアイデンティティ」を失わなければならないほどの価格競争であったことが伺い知れた。

 実際のところ、イオンが撤退すると買えなくなるのは「お菓子(銘菓)と贈答品、あとは礼服くらい」と話す住民もいたが、この沿道にあるのはディスカウントストアのみではない。実は、贈答品や銘菓に関しても約2年前に約2キロメートル離れた地場スーパー内に地場百貨店「玉屋」の小型店舗が出店したばかりで、こちらで購入することができるようになった。

 玉屋百貨店は江戸時代に創業した呉服系百貨店で佐賀市中心部に大型店舗があるものの、近年はショッピングセンターやロードサイド店に押され気味であった。「新たな商店街」には全国チェーンのみならずこうした佐賀県内や筑後地方の老舗(銘菓店、家具店、飲食店など)が「郊外化に対応」するために出店した例も見られ、今や地域経済を支える場所にもなっている。

 そのため、イオンが無くなると本当に困る人という地元住民はごく僅かであり、主にイオンを「休息の地」や「散歩場所」、もしくは公民館的存在として使っていた人が大半ではないだろうか。

 もっとも、かつての上峰サティならともかく、殆ど全ての飲食店が撤退している近年の状況では、「休息」もベンチに座って談笑するか、館内のゲームセンターを利用するくらいのことしかできなかった。

 奇しくも、この地ではイオンは「自らの進出が生んだ新たな商店街」に負けてしまう結果になったといえる。

 この町の商店街を潰したのはイオンではなく、商店街はイオン(サティ)自身が新たに生み出したものだった。そして、奇しくもイオンは、デフレ社会のなかで自らが生んだ商店街にも敗北し、一方でその新たな商店街のおかげで買い物難民が生まれることは無かった。

 しかし、イオンによって大きな発展を遂げることとなった小さな自治体にとって「イオン撤退」は降って沸いた難題であることは間違いない。

 さて、この難題に対する佐賀県上峰町の対応策は全国的に見てもユニークなものであった。果たして、どうやって立ち向かうことにしたのか――それはまた後日の記事で報告したい。

<取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

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