拘束経験者が語る中国・国家安全局。9年前にスパイ容疑で拘束されたらこうなった

HARBOR BUSINESS Online / 2019年3月11日 8時31分

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有名な旅順口も左右の軍港がバッチリと映り込むので原則撮影禁止

 カナダで拘束中のファーウェイの孟晩舟被告の審議に合わせるかのように昨年12月に中国でスパイ容疑で拘束されたカナダ人2人の容疑が中国官製メディア『環球時報』で報じられた。

 2014年11月1日に施行された反スパイ防止法を法的根拠とするスパイ容疑を取り扱うのは中国政府直属の情報機関「国家安全局」。反スパイ防止法が登場する前は、中国に関わったり、長期滞在する人間でもその存在はほとんど知られていなかった組織だ。

◆9年前に起きた日本企業関係者の拘束

 今では公安よりも過酷な環境を敷いてスパイ容疑者を取り調べる機関として知られるようになった国家安全局に著者は拘束されて取り調べを受けたことがある。ただし、今とはまったく違う時代だったのが幸いして今も生きている。

 

 2010年9月、中国河北省で大手建設会社のフジタの関係者が軍用地へ侵入して違法撮影をしたとして拘束された事件があった。その少し前に尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視艇へ中国漁船を衝突させたとして中国人船長を拘束するなどし日中関係が悪化。その報復だったと考えられる。

 フジタ関係者の拘束が続いているときに著者は取材で大連市の旅順を訪れていた。旅順(大連市旅順口区)は、『坂の上の雲』で知られる日露戦争の激戦地になっただけでなく、その前の日清戦争でも戦場となるという2度の戦場の歴史を持つ場所だ。

 

 日露戦争後、委任統治を始めた日本が遼東半島の先端の旅順から発展させていった。旅順は今の大連市よりも先に開発された都市だった。

 

 日中戦争終結後、旅順は、ソ連軍に10年間占領され1955年に返還されて海軍の街となり、長らく外国人の観光や滞在を規制してきた。2009年6月、旅順は外国人に開放されて個人でも訪れることができるようになった。そんな旅順は、長らく規制されていた影響で都市開発が遅れた結果、ロシア、日本時代など戦前の建築物や遺跡が多く残されることになり、旅順は街自体が博物館のような状態で「天井のない博物館」とも呼ばれる。

 ロシアや日本時代の建築物は両国とも永久統治を前提に設計されたものだったので丈夫に造られたものが多く、現在でも軍や官公庁、病院などの建物として現役で活躍するものが多い。

 頑丈な故に軍管理も多く、軍用地には入ることができないため外から眺めるしかない。

◆そして筆者も拘束された……

 著者は、現在は軍用地内にある日本時代の中学校校舎を外から撮影していたところ、「ピー」という笛の音とともに、軍人5、6人に取り囲まれた。

 「あ」と思った直後に、リーダー風の軍人に車へ乗るように指示される。

 乗せられたのは、真っ黒な三菱「パジェロ」。ナンバープレートはなかった。

 フジタのニュースが頭にあったので、車内で長期拘束や強制送還などが頭をよぎり、冷や汗をかきながら15分くらい揺られて連行されたのは、市内中心部に近い旅順国家安全局の建物だった。

 建物の5階まで階段で上り、個室へ案内された。

◆取調室の対応は?

 個室には、背広姿の50代くらいの国家安全局の男性が座っており、名前と国籍、どこから来たのかを聞かれた。男性の両隣には、拘束した海軍と制服を着た公安の男性が一瞬座るも直ぐに離席した。

 

 撮影目的を尋ねられたので、日本時代の学校校舎と建築物を撮影していたと答えると、軍用地は例え、敷地の外からでも撮影は禁止であると諭され、保存したSDカードを差し出すように求められる。

 撮影した写真のプリントアウト待ちで約2時間そのままの状態で待機させられるも、対応は終始、丁寧でときより笑いながら談笑していた。おまけにペットボトルの水も出しくれるサービスっぷりだった。

 2時間ほどしてプリントアウトされた写真100枚ほどが机に並べられた。国家安全局の男性は、1枚ずつ見て、「これはダメ、これはOK」と仕分けを始める。

 結果、半分ほどの写真が軍用地や重要施設が写り込んでいるNG写真と判断されてデータを消去しSDカードを返してもらった。日本時代の古い建築物はほぼNG範疇だった。

 写真消去後、今後、中国の法律を遵守する旨の一筆を書かされた。

◆軍人と国家安全局役人のやりとりに見る「力関係」

 実は当時、著者は国家安全局の存在は諜報機関くらいの認識で詳しくは知らなかった。その後の彼らのやり取りが興味深い。

 取り調べが終わるころに一時退席していた海軍と公安担当者が再び姿を現し、海軍の軍人が国家安全局の担当者へ何か語気を強めて詰め寄っていた。どうやら、どうしてこいつを解放するんだと言っていたようで逮捕しろと不満げだった。義務的に来たのか公安の男性は、上の空であまり関心なさそうで、怒れる軍人を国家安全局の人間がなだめるような光景が見られた。

 1、2分後、軍人と国家安全局の男性が握手をして軍人と公安は去っていった。

 反スパイ防止法施行前だったがゆえの紳士的な対応で、拘束時間3時間ほどで罰金もなく解放されたので今から考えると非常に幸運だった。これが現在だったら、とんでもない人権無視な取り調べを受けてスパイ罪として10年以上の禁固刑を受けたかもしれない。

 

 国家安全局は、政府直属(正確には国務院直下)なので予算も無尽蔵にあるとされ、このときの光景からも軍を超える大きな権力を持っていることも分かる。

 中国は日本とは制度もルールもまったく違うことを十分に認識してから行動してほしい。たとえば、中国の消防署は軍管理地扱いなので、「中国の消防署」などと気軽に撮影するとスパイ容疑をかけられる恐れもあるからだ。

 繰り返し言うが、筆者の拘束は9年前のことで非常にラッキーだったとも言えるケースだ、現在でも撮影禁止などのルールは変わらない。その一方でスパイ容疑への取り締まりは強化されている。本記事のような「紳士的な対応」は望めない可能性のほうが高いのだ。

<取材・文・撮影/我妻伊都(Twitter ID:@Ito_Wagatsuma)>

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