クライストチャーチ銃撃事件。陰謀論とSNSが拡散する世界の「分断」

HARBOR BUSINESS Online / 2019年3月21日 15時30分

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Photo by Carl Court/Getty Images

 ニュージーランド南部のクライストチャーチでモスクが襲撃され、50人が死亡した事件。同国と襲撃犯の出身地であるオーストラリアだけでなく、世界中から大きな非難が寄せられ、移民政策や白人至上主義、銃規制や政治家の対応をめぐった議論が沸き起こっている。

◆世界に拡大する「分断」

 オセアニア地域で起きた同事件だが、その余波は世界中に押し寄せている。たとえば、スウェーデンの『The Local』は「ニュージーランドのテロ容疑者 銃撃はストックホルムで起きたテロへの復讐だと主張」という記事を掲載。犯人がインターネット上に投稿したマニフェストのなかで、スウェーデン連続テロ事件の実行犯アンネシュ・ブレイクビクの名前を挙げたことや、‘17年にストックホルムで5人が殺されたテロ事件の被害者で、当時11歳だったスウェーデン人少女エバの復讐が動機だと説明していることを報じた。同記事は犯人が名前を挙げた少女、エバの父親のコメントを掲載している。

「法廷で証言したとき、私はいつも娘の死を思い返すと話しました。人々がスウェーデンで起きた事件について語るときだけでなく、他国で似たような事件が起きたときもです。しかし、まさか誰かがエバの名前をライフルに書くなんて、想像もしませんでした」

 また、アメリカの『NBC』は、犯人がマニフェストで反移民、反ムスリム、白人至上主義に触れていたことを紹介している。

 トランプ大統領を「新たな白人のアイデンティティの象徴」として支持しており、アメリカの銃規制強化に触れながら、アメリカでの人種戦争を始めることを誓う部分だ。

 “修正第2条を巡る争いと銃火器保持の権利を奪う試みは最終的に内戦へと繋がるだろう。それによってアメリカは政治、文化、そして何より人種的に分裂する”

 同マニフェストは「8チャン」の掲示板に投稿され、多くの8チャンのメンバーは襲撃を祝福し、掲示板はマニフェストをモチーフにしたミームや身内のジョークで溢れたという。

 日本でもさまざまな掲示板で同事件に関するスレッドが乱立したが、犯人は犯行の前からそのような事態を狙っていたのだ。

◆陰謀論とSNSで拡散する憎しみ

 こうした犯人の意図を、『Vox』は「ニュージーランド銃撃犯のマニフェストが示す、白人ナショナリズム拡散の図式」という記事で分析している。

 “報道によれば、銃撃犯は74ページのマニフェストを残していた。模倣犯を鼓舞するため、こういった大規模な暴力の扇動者がしばしば残す文章だ(そのため、ここではリンクを貼らないことを選んだ)。

 しかし、文脈を理解するためには価値のある文章だ。マニフェストのなかには、近年アメリカや世界各国で起きたほかの銃撃事件や未遂に終わった事件の犯人と似た考えが記されている“

 同記事は今年2月にアメリカのメリーランド州で起きた銃撃事件の犯人との類似点を指摘している。同じような単語や言い回しを用いて、同じような人物(ブレイクビク)を崇めていたというのだ。

 また、こういった文章があらかじめ拡散されることを狙って書かれていることも強調している。

 “歴史的に見ても、テロリストのマニフェストは彼らの思考や犯行に至るまでの計画を正しく捉えたものではない。テロリストのマニフェストの主な意図は、どのようにテロリストになったかを理解させるためのものではなく、新たなテロリストを生むことなのだ”

 マニフェストは犯人が「普通の白人」であり、「白人がいるかぎり、侵略者に土地を奪われることはない」といった主張を繰り返しているだけで、犯行に至った経緯や本人のバックグラウンドは明らかにされていないというわけだ。

 同記事は、犯人がより注目を浴びて読者の意識を惹きつけるため、自身が過激な思想に染まったキッカケとなったオンライン上の集団に、あえて“餌”を撒いているとも指摘している。

 マニフェストに著名なユーチューバーやアメリカの右翼政治家、テレビゲームなどの名前を挙げているのは、そのためだという。実際、メディアの報道やインターネット上の投稿を見ても、こういった名前に反応したケースは少なくない。

 このように、テロリストの主張を拡散することを避けるため、マニフェストの詳細については言及を避けるメディアがほとんどだが、注目したいのは、同マニフェストのタイトルになっている『The Great Replacement』という陰謀論だ。

 これはヨーロッパの白人社会がアラブや中東、北アフリカの移民によって侵略されるという内容で、EUに代表される政府機関が、移民政策の導入で意図的に白人社会を滅ぼそうとしているという反エリート主義、人種差別的かつ被害妄想的な陰謀論だ。

 その起源は‘70年代まで遡り、‘12年には同名の書籍も出版されている。今回の銃撃犯のみならず、インターネット上のヘイトサイトなどにも大きな影響を与えていると指摘するメディアも多い。

 昔ながらの陰謀論とSNSによる拡散という組み合わせは、今回の銃撃事件を象徴するキーワードであろう。

◆「卵投げ少年」を支持する声が続々

 事件そのものや犯人のマニフェストだけでなく、社会的な反応もニュースを賑わせている。日本でも広く報じられている「卵投げ事件」もそのひとつ。『ローリング・ストーン』は「オーストラリアのティーンが右翼政治家に卵を投げる動画が拡散」という記事を掲載している。

 同記事はイギリスのベテランロックバンド、ザ・フーの代表曲『ザ・キッズ・アー・オールライト』を引用した見出しを掲げ、卵をぶつけられた政治家フレイザー・アニング議員の主張を紹介している。

「こういった自警行為は決して許されないが、この事件は我々のコミュニティで増長している恐怖を浮き彫りにしている。オーストラリアとニュージーランドで増えるムスリムの存在だ。ニュージーランドの路上で起きた惨劇の真の原因は移民政策で、そもそもムスリムの狂信者をニュージーランドに移住させたことが問題だ」

 このアニング議員の暴論に反応したのは、卵を投げた少年だけではない。オーストラリアのスコット・モリソン首相も、「ニュージーランドの暴力的、右翼的、原理主義的テロリストの襲撃を移民政策のせいだと非難するのはおぞましい」と断言している。

 また、人気ミュージシャンのトム・モレロも自身のかつてのバンド名を引き合いに出し、「エッグ・アゲインスト・ザ・マシーン」と少年への支持を表明している。

 インターネット上でも、「卵をぶつけるのはどうなの……?」と、「喧嘩両成敗」や「両論併記」に偏るのではなく、悪いのはヘイトを煽る政治家のほうであると明言した反応がほとんどだ。署名サイト『Change.org』には、「フレイザー・アニングを議会から排除しよう」というページも登場。多くの署名が寄せられている。

◆トランプ大統領にノーを突きつけたNZ首相

 今回の事件では、事件が起きたニュージーランドのジャシンダ・アーデーン首相の対応も注目されている。たとえば『ガーディアン』には「思いやり、愛と高潔さ ジャシンダ・アーデーンが世界に真のリーダーシップとは何かを示す」という記事が。

 アーデーン首相は38歳という同国最年少の首長で、これまでも執務室で出産をしたことや、国連の会合に赤ん坊を連れていったことが注目されてきたという。セレブのような扱いを受けてきたアーデーン首相だが、同記事は今回の事件への対応で、彼女の資質が表れていると綴っている。

 事件後、アーデーン首相は「They are us」とムスリム住民もニュージーランド国民であることを強調。すぐに銃規制の強化を約束し、遺族の葬儀費用を負担することや事件で影響を受けた人々への経済的援助を保障するとした。また、ヒジャブをまとい、イスラム教の指導者たちと抱きしめあった姿も同記事で賞賛を浴びている。

“ドナルド・トランプの右翼テロリズムは増長していないという主張に賛同するかという直接的な質問に対し、彼女は明確に回答した。「いいえ」。合衆国はどう援助することができるか?(との問いには) 「すべてのムスリム共同体への思いやりと愛情です」(と答えた)”

 今回の銃撃事件がヘイトクライムであると断言し、移民に対しての規制強化ではなく、国際的な理解が必要だと主張するアーデーン首相には、国内外から賛同の声が挙がっている。

◆警察やメディアも人種差別を助長

 世界を揺るがせたクライストチャーチの銃撃事件だが、犯人の出身地であるオーストラリア在住の女性Rさん(24歳)は、「非常に緊迫した状態」であると話す。

「私を含めて、白人は熱くなるよりも(ムスリムと)連帯することや行動を起こすべきです。SNSにはいろいろな意見があふれていて、中にはいい指摘もありますが、より重要な課題が埋もれてしまうように思えます」

 Rさんはオーストラリアのなかでも、地域によって移民政策に対しての温度差があると語る。

「オーストラリアのなかでも進歩的な地域はありますし、(先住民族への)平等や賠償に努めている共同体もあります。しかし、“白人の”オーストラリアは人種差別的です。オーストラリアは盗まれた土地の上に作られ、主権が割譲されることもありませんでした。一部のオーストラリアが素晴らしく、同性婚の権利などがあるいっぽうで、繰り返し先住民族を虐殺したり、銃撃事件のような出来事が起きているのは非常に対照的です」

 また、こういった二面性だけでなく、政府機関やメディアも人種差別を蔓延させる要因となってきたのだとか。

「警察は偏って黒人を標的にしたり、収監しています。メディアは存在すらしていない“スーダン人ギャング”で恐怖を煽っていました。事実無根の話を流すことも珍しくありません」

 今回の事件ではオーストラリア首相を含め、多くの人々が人種差別にハッキリと「NO」を突きつけたが、まだまだ問題は根深い様子。いち銃撃事件だと捉えるのではなく、社会全体がどのようにレイシズム、そして暴力に立ち向かうかが問われるだろう。日本に暮らす我々も、これをひとつのキッカケとして考えてみるべきかもしれない。

<取材・文・訳/林 泰人>

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