釜ヶ崎から貧困層が排除される? あいりん総合センター閉鎖で進む再開発

HARBOR BUSINESS Online / 2019年5月17日 8時33分

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 日本で最大級の日雇い労働者の街である釜ヶ崎。同地で、労働者が仕事を求めて集まる「あいりん総合センター」が3月末に閉鎖された。一部の労働者や支援者は、建物内に残って抵抗していたが、警察と行政は4月24日、労働者や支援者らを退去させ、センターを完全に閉鎖した。

 橋下徹氏は「あいりん労働センターを南半分に縮小し、センター北側と新今宮駅周辺を活性化させる」と明言しており(※1)、閉鎖をてこに地域の再開発が進むと考えられる。しかし再開発が進めば、日雇い労働者や野宿者が町から排除される危険性がある。

◆あいりん総合センターの閉鎖で「居場所」としての機能が失われる

「あいりん総合センター」は、1970年に設置されて以来、労働者が職を探し、身を寄せる場所として機能してきた。釜ヶ崎地域合同労働組合の稲垣浩委員長によると、センター内には洗濯をする場所や食堂、売店、トイレや娯楽室があり、労働者たちが昼間に横になれる場所もあったという。しかし耐震性が不十分であることが判明し、3月31日に閉鎖された。

 センターが担っていた機能は、何か所かに分けて移転された。大阪府が管轄する「西成労働福祉センター」は、センター横を走る南海高野線の高架下に新設された。厚生労働省の大阪労働局が管轄する「あいりん労働公共職業安定所」(職安)も高架下の別の場所に移設された。

 隣接する萩之茶屋小学校跡地は「新萩の森」と名付けられ、テントやベンチが設置されている。

 しかし新萩の森に設置されたテントはとても簡素なもので、風雨をしのぐのは難しそうだ。センター内にあった食堂の代替施設もない。釜ヶ崎日雇労働組合の山中秀俊委員長は、「耐震性が不十分である以上、センターの建て替えは避けられません。しかしそれまでの間、センターが担ってきた『居場所機能』が失われないように、代替施設を拡充してほしい。労働者が横になって体を休める場所も足りません」と話す。

◆背景にある「西成特区構想」と「大阪都構想」

 橋下徹・大阪市長(当時)は2012年1月に「西成を変えることが大阪を変える第一歩」として「西成特区構想」を打ち出した。野宿者が多く、結核に罹患している人が多いといった西成区の抱える課題を解決し、町の活性化を図るというものだ。あいりん総合センターの建て替えは、この構想の中に位置づけられている。

 大阪特区構想でも、西成区は重要な位置を占める。同構想では、西成区と西区、中央区、大正区、浪速区、住之江区、住吉区が一つの特別区になり、あいりん総合センターの北部にある西成区役所が中央区役所になる予定だ。

 産経新聞の2015年4月の報道によると、「都構想の制度設計を担った大阪府市大都市局は新中央区の本庁舎には交通利便性などから浪速区役所が最適としていたが、維新は政治判断から西成区役所に決め、官庁街を整備する青写真を描いている」という。

◆「目先の利く政治家や企業家なら、この場所うまく利用したいと思うのでは」

 西成区は、日雇い労働者や野宿者が集まる町として知られており、“汚い”、“治安が悪い”というイメージを抱いている人が多い。地域の再開発を進めて、ホテルや飲食店を建てたり、官庁街として利用したりしたいと思うのも無理はない。

 しかもあいりん地区は、交通の便がよいのだ。30年以上に渡って日雇い労働者や野宿者の支援活動に関わる生田武志さんは、こう指摘する。

「釜ヶ崎は交通の便が非常に良い場所です。あいりん総合センターの目の前にある新今宮駅にはJR環状線と南海電鉄が乗り入れています。南海電鉄を利用すれば、新今宮駅から関西国際空港まで乗り換えをせずに行くことができます。また動物園前駅は、地下鉄御堂筋線と堺筋線が乗り入れ、新大阪駅と直結しています。

観光名所である新世界・通天閣や『あべのハルカス』にも歩いて10分で着きます。どこに行くにも便利な場所ですから、最近は観光客の宿泊も増えてきています。再開発が進めば、より多くの観光客が訪れるでしょう。地域住民の中にも再開発を歓迎する人は少なくありません。

目先の利く政治家や企業家なら、この場所に目を付け、うまく利用したいと思うのではないでしょうか」

◆釜ヶ崎は「貧困対策の先進地」

 生田さんが懸念しているのは、再開発が進むことで、貧困層がこの町から排除されることだ。

「再開発が進んで、安いアパートが高いマンションに置き換えられ、価格の安い店が高い店に取って代わられれば、貧困層が生活できない街になってしまいます。

この町には、シェルターや炊き出しがあり、日雇い労働者や野宿の人たちも生活することができます。借用書で受診できる病院もあり、貧困対策の先進地なんです。最近ではDVの被害にあった女性や親子もこの町に逃れてきています。

釜ヶ崎が変わってしまったら、これらの人々はどこへ行けばよいのでしょうか。すでに隣接する浪速区や天王寺区、阿倍野区では野宿しているとガードマンや警官から追い立てられるようになっています。野宿できるのはもはやあいりん総合センターくらいです。この町をどこにでもあるようなお洒落な町にしてどうするのでしょう」

 町が“浄化”され、貧困層が排除されるということは、ニューヨーク市のハーレムやロサンゼルス市のスキッド・ロウで実際に起きてきた。2013年に松井大阪府知事は、「大阪のど真ん中にあるあいりん地域がニューヨークのハーレムのように変われば、この地域の可能性、ポテンシャルが大阪の成長に好影響を与える」と語ったという。(※2)

 維新府政が目指す釜ヶ崎の「浄化」。困窮した人の最後の砦として存在してきた町を再開発してしまうことが本当に望ましいのか。今後の行方が注目される。

※1生田武志『釜ヶ崎から 貧困と野宿の日本』(筑摩書房、2016年)

※2同上

<取材・文/中垣内麻衣子>

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