30人の集落に週5000人の観光客、住民の生活や環境が破壊される!? 奄美大島・大型クルーズ船寄港地開発

HARBOR BUSINESS Online / 2019年6月23日 15時31分

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バンクシーの公式サイトより

◆バンクシーが皮肉る「オーバーツーリズム」

 今年5月、イギリスのストリート・アーティスト、バンクシーが久々に発表した絵画が話題となった。水の都・ベネチアの路上で展開された9枚の絵画からなる作品の名は「ベニス・イン・オイル(油の中のベネチア)」。

 現地で開催中の芸術展の権威を“油”彩画で皮肉ったものとも、観光地で大型クルーズ船が垂れ流す“油”や汚水などの環境負荷、いわゆる「オーバーツーリズム問題」を皮肉ったものとも言われている。

 事実、ベネチアはクルーズ船で押しかける観光客による、地域に与える負担の問題に直面している。環境や景観保全に関する負担、治安や交通の混乱などにより、2014年から9.6万トン以上の客船の航行が規制されているのだ。

 大型観光による地域の負担は、ある種の共通課題として、世界中で無視できないものとなっている。近年では、アムステルダムやボラカイ島などでもツアー観光客への段階的な規制が始まっている。 

◆インバウンドによる経済効果ばかりが強調される日本

 日本では、東京オリンピックや大阪万博など「誘致」ムードに後押しされて、インバウンドの期待値は高騰の一途だ。世界の潮流とは逆行し、政府は大型クルーズ船の寄港誘致にもご執心のようである。

 2017年7月、港湾法の改正とともに国土交通省は「国際旅客船拠点形成港湾」として横浜などの6港を定め、2019年4月までに新たに鹿児島・那覇・下関の3港をこれに加えた。

 クルーズ船を優先的に受け入れる際の拠点となるべく、ハードインフラの整備などを積極的に行い「訪日クルーズ旅客を2020年に500万人」(明日の日本を支える観光ビジョン構想)を目指す。指定地のほか、新潟や秋田などでも17万〜22万トンクラスの旅客船を受け入れるべく、先行投資は進んでいる。

◆環境や生態系の破壊、地域の「キャパオーバー」が懸念される

 東シナ海に浮かぶ奄美大島(鹿児島県)。「世界自然遺産登録」を目指しているこの島でも、大型観光が地域に与える負担の問題が浮上している。島の南西に位置する人口30人余りの限界集落・西古見が今、大型クルーズ船の寄港地開発で揺れているのだ。

 外資系クルーズ観光事業者ロイヤル・カリビアン社が22万トンの大型客船の寄港を画策し説明会を行うなどし、地元では困惑が広がっている。

 誘致を推進したい瀬戸内町(鎌田愛人町長)に対し、海や山林の希少生物保護を訴える住民が団体を発足して反対の意思を表明(2018年2月)。環境保護団体・WWFジャパンも開発計画の撤回を求め、国交省・鹿児島県・瀬戸内町に対し、誘致反対の緊急声明を出している(2019年2月)。

 西古見集落が面する大島海峡は、希少種のアマミホシゾラフグや、未確認のウミウシの新種なども生息しているという。住民や専門家らは、開発と観光客受け入れによって、生態系に与える影響を懸念している。

 問題はそれだけではない。世界自然遺産を味わうために、限界集落に毎週訪れる観光バスは100台分、約5000人の観光客が訪れると予測されている。地域の「キャパオーバー」が早くも懸念されていて、物理的にも受け入れは現実的ではない。

◆表立って反対する島民は“パージ”される

 島の中で、行政のやることに表立って反対を唱えれば、仕事を奪われるなど“パージ”されてしまう。「匿名という条件でなら……」と、島民たちは重い口を開く。

「自治体は、単に港湾整備を口実に、土木の受発注をしたいだけなのではないか。ゴミや汚水は誰が受け入れるのか、その先のことは考えていないのでは」

「集落の区長、地元出身の国会議員は何も考えずにただ誘致をしたい。西古見集落が好きで別の地域から移り住もうにも、新参者に地域の決定への発言権は与えられない。誘致を邪魔するから、と追い出されたという話も聞いた」

「事業者が寄港を引き上げても“大型の軍港として使うから大丈夫”という住民説明もあったという。そこに住む30数人だけでなく、島全体に関係ある話なのに、集落外への説明がなされないのはなぜか」

 開発は果たして正解なのか? ただの環境破壊で終わるのではないか? 辺境の穏やかな村社会には、早くも混乱の種が持ち込まれている。

◆後に何も残らない「ゼロドル・ツーリズム」

 大型クルーズ船などの大型観光を「地元の収益につながらない、時代に逆行したゼロドル・ツーリズム」と指摘するのは、東洋文化研究者で古民家再生・景観コンサルタントを行うアレックス・カー氏。同氏は、奄美市内で行われたシンポジウムで島民に警鐘を鳴らした。

「例えば、世界遺産に登録された白川郷では、今も観光バスによる交通問題などが起きています。トイレやゴミ対策など、景観維持への住民の努力とは裏腹に、立ち寄り型の観光はせいぜい土産物の購入くらい。地域経済への効果は期待ほどではありません。

 食事や宿泊、体験を通じて地域に長期間滞在してもらうのが、観光地モデルとしての成功パターンです。滞在型のツーリズムには、環境の保全は大切。開発事業は発展性がない。

 土建国家の日本は、これまで“不便”や“防災”などの名目が、まるで水戸黄門の葵の御紋のように、コンクリートによる大規模開発を促してきました。実際に奄美でも、海岸整備の話ばかりを耳にする。いくら風光明媚な土地といえども、自ら観光資源としての価値を下げてしまうのではないでしょうか」

 インバウンドの言葉が一人歩きし、政府の旗振りにより、ゼネコンによるハードインフラ整備で大型クルーズ船を待ちわびる日本。かたや、ゴミやトイレの問題、環境負荷、治安問題など、地域がひとり直面する課題は多い。

 仮に大手企業が参入しても、地元には土産物の売り上げ程度しか還元されない「ゼロドル・ツーリズム」の実態。グローバル企業の甘い言葉。目先の皮算用で籠絡される地方。観光の現場でも、どこか既視感のある構図が見えてくる。

 そこに未来がないことは、冒頭のバンクシーの提示でも明らかだ。本来の観光資源は地域の個性にこそある。その土地が育んできた、自然や文化の懐かしさ、古きよき景観を再発見していく事業にこそ、行政の支援を期待したい。

<文/大石あやか>

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