「福島の甲状腺検査は即刻中止すべき」といえるのか? 朝日新聞『論座』に掲載された記事のおかしさ

HARBOR BUSINESS Online / 2019年7月12日 8時32分

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多瑠都 / PIXTA(ピクスタ)

Contents1 朝日新聞のサイト「論座」に掲載されたある記事2 菊池氏の主張は以下の3点3 「科学」のための甲状腺検査?4 甲状腺評価部会の「悪戦苦闘」5 甲状腺検査は害だけなのか?6 では甲状腺検査は中止するべきなのか

◆朝日新聞のサイト「論座」に掲載されたある記事

 6月29日に、朝日新聞のサイト「論座」に『福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(上)無症状の甲状腺がんを掘り起こす「検査の害」』なる記事が掲載されました。「(下)」も合わせて掲載されています。

 これは、大阪大学サイバーメディアセンター教授の菊池誠さんが執筆されたものです。

 最初のパラグラフには以下のように書かれています

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 本稿では福島で現在行われている甲状腺検査について考える。最初に結論を書いてしまうと、筆者はここで、甲状腺検査が医学研究倫理に反しており、受診者の人権を侵害しているので即刻中止するべきと提言する。

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 ここでは、では、上のような主張、特に甲状腺検査は「医学研究倫理に反し」「受診者の人権を侵害して」いるのか、を、現在まで検査がどのように行われてきてそれからなにが明らかになっている、あるいはなっていないのか、という観点から検討します。

 まず、「医学研究倫理に反し」ている、という主張の根拠はなんでしょうか?

 この『論座』の記事の最初のセクションは「甲状腺検査は医学研究倫理に反している」がタイトルになっていますから、このセクションをまずみていきましょう。

 第二パラグラフには以下のように書かれています。

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 甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望が医学の世界やあるいは広く一般にあるのはわかる。しかし、甲状腺がんのように進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうことには利益がなく害だけがあるので、その希望は捨てなくてはならない。科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理だからである。

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 ここでは、「科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」と述べられます。つまり、福島で現在行われている甲状腺検査は「科学」を目的としているが、それよりも受診者の利益を優先させるべきである、ということです。

 ここでの「科学」というのは「甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望」のことです。さらに、甲状腺検査でがんを発見してしまうことには利益がなく害だけがあるので、検査は受診者の利益にならない、と主張されます。

 なお、「科学よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」については、(上)3ページ目に以下のように述べられます

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 ここで、「人間を対象とする医学研究の倫理的原則」を定めたヘルシンキ宣言(注8)に目を通してみよう。その第8項には「医学研究の主な目的は新しい知識を得ることであるが、この目標は個々の被験者の権利および利益に優先することがあってはならない。」(日本医師会訳)とある。

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 つまり、「科学よりも受診者個人の利益が優先」という菊池さんの主張は、「新しい知識を得ることよりも被験者の権利および利益が優先」というヘルシンキ宣言の内容を、「新しい知識」=「科学」として少し違ういいかたにしたもの、となります。

◆菊池氏の主張は以下の3点

 菊池さんの主張は以下の構造になっていることがわかります。

a) 現在福島県で行われている甲状腺検査は「甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望」のために行われている。これは、「科学」のため、ないしはヘルシンキ宣言の言葉通りなら「新しい知識」のためということができる。

b) 現在福島県で行われている甲状腺検査は、進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうだけであり、害だけがある。

c) 従って、「科学(ないし新しい知識)よりも受診者個人の利益が優先するというのが倫理」であるからには、このような検査は行ってはならない。

 (a)と(b)の両方が適切な主張であるなら、結論である (c) も適切ということになります。一方、どちらかが適切なものではないなら、少なくともこの論理によって「福島の甲状腺検査は即刻中止すべき」ということにはなりません。

 なお、だからといって「福島の甲状腺検査を現在のやり方で継続するべき」といえるわけではありません。それは別の問題であり、本記事の後半でふれます。

 以下では、まず、上の(a)、(b)が適切かどうかを検討します。

◆「科学」のための甲状腺検査?

 まず、甲状腺検査は科学のためかどうかです。菊池さんは以下のように書いています。

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 甲状腺検査は医学「研究」なのか、という疑問はあるだろう。たしかに福島県のウェブサイト(注9)には「福島県では、チェルノブイリに比べて放射性ヨウ素の被ばく線量が低く、放射線の影響は考えにくいとされていますが、子どもたちの甲状腺の状態を把握し、健康を長期に見守ることを目的に甲状腺検査を実施しています。」と書かれている。

 これを文字通りに受け取るなら、この甲状腺検査は被曝影響の有無を調べるためのものではなかったはずである。しかし、先に引用した鈴木元氏の発言 からもわかるように、現実には被曝影響の有無を知ることが目的化してしまっていると言わざるを得ない。検討委員会で受診率の低下が問題視されるのも、それを物語っている。(パラグラフ後半省略)

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 つまり、菊池さんは、福島県の公式見解である、「子どもたちの甲状腺の状態を把握し、健康を長期に見守ることを目的」という主張を勝手に無視して、「現実には被曝影響の有無を知ることが目的化してしまっている」と主張しています。そして、その理由が、「先に引用した鈴木元氏の発言」となっています。この発言は以下のようなものです。

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「放射線の影響を受けやすい事故当時1歳から5歳だった子どもたちの中で甲状腺がんが増えていない、と結果が出るまでは検査をやめるという答えは出せないと個人的には考えている。今後も検討を続ける必要がある」

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 菊池さんは、この発言について、以下の感想を述べています。

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 つまり、放射線影響の有無を知るためにさらに検査を続けるべきだと明言したわけだが、これは恐ろしい発言ではないだろうか。

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 私もこれは恐ろしい発言だと思いますが、その理由は菊池さんとは全く違います。鈴木氏は「甲状腺がんが増えていない、と結果が出るまで……検討を続ける必要がある」と述べていることに注意して下さい。これを菊池さんは「放射線影響の有無を知るため」と言い換えていますが、鈴木氏はそんなことは言っていません。鈴木氏は、「結論は”甲状腺がんが増えていない”でなければならない、そうなるまで検査を続ける」といっているのです。

 つまり、少なくとも鈴木氏の「個人的な考え」は、検査の結論は「甲状腺がんが増えていない」でなければならない、というものであるわけですから、これはそもそも「科学」とはあいいれないものです。「科学」であるというなら、はじめから結論が決まっているわけはありません。

 ここで興味深いのは、客観的に事実を見る真っ当な科学者ならば、はじめから結論が決まっているものは科学でもなんでもない、ということはすぐにわかりそうなものなのに、何故か菊池さんはそれに気が付かない、ないしは気が付かないふりをしている、ということです。これについては、実際には本職の研究者のほとんど全ては、「客観的に事実を見る真っ当な科学者」ではない、ないしは、そもそもそんなものは存在しない、ということが通常の答になります。

 これは、1960年代以降の科学論・科学史研究では標準的な考え方です。残念ながら我々は常に論理的・客観的に考えているわけではなく、その時の自分の思い込みに都合がよいことは信じ、そうでないことは否定する傾向があり、またその思い込みがそれなりに整合的な論理体系になっていれば一層そうなるのです。ここでは、菊池さんが既に「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」(上 1ページ目第三パラグラフ)という信念をもっているため、「放射線影響の有無を知るため」と「結論は甲状腺がんが増えていないでなければならない」の重大な違いに気が付かなくなっているものと思われます。

 実際には、菊池さんの主張とは異なり、「先に引用した鈴木元氏の発言」は、「被曝影響の有無を知ることが目的化」していることを示してはいません。その逆に、「被曝影響がないことを示すことが目的化」しているのです。これはまさに「恐ろしい発言」です。

 なお、仮に菊池さんのいうように「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」ならば、それはすでに「被曝影響がないこと」が示されている、といえるわけで、少なくとも甲状腺検査にかかわっている専門家である鈴木氏は現時点でそう考えていないことがわかります。むしろ、現時点で「被曝影響がないこと」が示されていないからこそ、検査を継続しないといけない、と考えているわけです。

 では実際には被曝影響の有無はどう考えられるのでしょうか?菊地さんは以下のように書いています。

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甲状腺がんの発見率と甲状腺被曝量との間に明らかな関連はみられなかったという専門家による報告案(注1) が、6月3日に開催された県民健康調査検討委員会甲状腺検査評価部会に提出された。被曝影響だとすればがんが被曝線量とともに増えるはずなので、発見された甲状腺がんは少なくともそのほとんどすべてが放射線被曝と関係ないと判断されたわけである。一巡目の検査については既に同じ結論が報告されている。

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 明らかな関連はみられなかったという専門家による報告案が提出された、というのは確かに事実なのですが、ではその中身は文字通りに受け取ってよいのか、ということは問題にされなければなりません。被曝の問題については、原発の安全性の問題と同様、国・県の主張だからといってそのまま正しいと受け入れるわけにはいかない、ということを我々は学んでしまっているからです。

 報告案の問題の詳細については「科学」の8月号に掲載予定の記事に譲りますが、要点を述べておきます。

◆甲状腺評価部会の「悪戦苦闘」

 この報告は、「甲状腺評価部会」というところがまとめたものです。2011年度から2013年度にかけて行われた1巡目の検査については、2013年11月27日から2015年3月24日まで6回の会合がもたれ、「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」が承認されます。検査が行われた年度の次の年度の終わりには結論がでていることに注意して下さい。第4回から、資料に「一次検査及び二次検査の地域別比較(暫定)」が加わっており、ここには「浜通り」、「中通り」、「会津地方」、「避難区域等の 13 市町村」の4地域に分けて甲状腺がんの発生率を比較した表が掲載されます。ここでの分析は比較的単純なもので、本来必要と考えられる検査時点での年齢、男女比率等の影響の補正はしていないものです。

 そのような分析の結果、「地域差はない」と結論されます。

 2014年度及び2015年度に行われた2巡目の検査では、何故か2017年6月になって初めて会合が開かれ、それから2019年6月までの3年間に8回の会合が開かれます。2017年11月の第8回(2巡目のとして2回目)で、1巡目の時と同様な4地域区分での甲状腺がんの発生率を比較した表が掲載されます。しかし、ここで大問題が発生します。4地域間に大きな地域差が発生してしまったのです。10万人あたりの人数で会津地方は 15.5、浜通り19.6、中通り25.5、13市町村は実に49.2と、被曝量がもっとも少ないと考えられる会津地方に比べて他の三地域は多くなってしまいました。つまり、2巡目の検査を1巡目の検査でやったのと同じやり方で分析したら、「甲状腺がんの発見率と甲状腺被曝量との間に明らかな関連」が見られてしまったわけです。

「甲状腺がんが増えていない、と結果が出るまで……検討を続ける必要がある」と鈴木氏が述べたのはこういう背景があってのことで、解析結果がなんであろうと甲状腺がんの発見率と甲状腺被曝量との間に明らかな関連がある、という結論を我々はだすことはできない、といっているわけです。

 ここから、1年半にわたる甲状腺評価部会の苦闘が始まります。この第8回会合では「甲状腺検査【本格検査(検査2回目)】結果概要<確定版>資料 表11に対する検査間隔による発見率の調整例」なるものが提出されます。「検査間隔による発見率の調整」つまり、1巡目の検査は年度としては3年度にわたり、2巡目は2年度なので、1巡目の最初に検査された人は少し2巡目の検査までの間隔が長いので、その効果を補正してみた、というわけです。が、あまり大きな効果はなく、「甲状腺がんの発見率と甲状腺被曝量との間に明らかな関連」があることは同じでした。第9から11回では色々な論文の内容の報告があっただけで、結果の解析には進展がありません。第12回になって、突如として「資料1-2 市町村別UNSCEAR推計甲状腺吸収線量と悪性あるいは悪性疑い発見率との関係性」なるものが提出されます。

 ここでは、1巡目の時の4地域区分ではなく、新しく「市町村別UNSCEAR推計甲状腺吸収線量」を基準に区分する、という方法を使って結果を全部解析しなおし、その結果、「甲状腺がんの発見率と甲状腺被曝量との間に明らかな関連はみられなかった」という結論になるような結果がでてきたのです。ところが、「第12回甲状腺検査評価部会(平成31年2月22日)について」のページにも「資料1-2は、第13回甲状腺検査評価部会で訂正報告を行っています。訂正後の資料についてはこちらをご覧ください」とあるように、この資料は「プログラムミス」(詳細は明らかにされていません)のため全く間違っていた、ということが判明しています。

 そして、第13回において、

・「訂正」された資料

・甲状腺検査本格検査(検査2回目)結果に対する部会まとめ(案)

が同時に提出されます。

 つまり、「甲状腺評価部会」には、「前回提出された資料は間違っていました」という報告と、「新しい資料に基づいた結果解釈のまとめ案」が同時に提出された、ということになります。

 この経緯からは、「甲状腺評価部会」のやってきたことは、鈴木氏のいう「甲状腺がんが増えていない、と結果が出るまで」「検討を続けてきた」ということであり、まともな科学的分析ではない、ということがわかります。

 この状況を、菊地さんは

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明らかな関連はみられなかったという専門家による報告案が提出された

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と一言ですませているわけです。以上をまとめると、菊池さんの主張であるところの

a) 現在福島県で行われている甲状腺検査は「甲状腺に対する放射線影響の有無を知りたいという希望」のために行われている。これは、「科学」のため、ないしはヘルシンキ宣言の言葉通りなら「新しい知識」のためということができる。

は、まず、「甲状腺検査は科学のために行われている」というところから事実認識を誤っていることがわかります。そうではなくて、科学であろうがなかろうが、「甲状腺がんが増えていない、と結果」をだすために行われているのです。

 なので、甲状腺検査をどうするべきか、という問題に対する答は本来明らかであり、「まともな科学的方法に基づいたものにしなければならない」です。

 そのことを無視して、現状の甲状腺検査が科学的な目的のために行われているという間違った想定のもとに何かを主張することはナンセンスでしょう。

◆甲状腺検査は害だけなのか?

 次に、菊池さんの主張

(b) 現在福島県で行われている甲状腺検査は、進行の遅いがんを無症状のうちにスクリーニングで発見してしまうだけであり、害だけがある。

に移ります。

 この主張は、菊池さんの論理の前提になっている、「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」(上1ページ目第三パラグラフ)に基づくものであることはいうまでもありません。放射線影響によって実際に小児甲状腺がんが増えているなら、それは「進行の遅いがん」ではないし、早期発見することにメリットがない、と断言できるものではないからです。

 もっとも、では、科学的方法とかけはなれた解析が行われている現在の甲状腺検査を現在のやり方で続けていて大丈夫なのか、という問題は別にあり、これはきちんと検討されなければなりません。実際、2巡目目以降の数値にはいってこない甲状腺がん患者が既に10人以上いる等、検査の体制自体に基本的な問題があることが明らかになっています。

◆では甲状腺検査は中止するべきなのか

 ここまでの議論からは、「即刻中止するべき」という論理の前提になっている。

a) 「放射線影響は九分九厘ないと考えられる」

b) 甲状腺検査は受診者の利益のためではなく科学のために行われている

c) 甲状腺検査は、進行の遅いがん発見してしまうだけであり、害だけがある

という主張はいずれも問題があり、

a’) 甲状腺評価部会は科学をねじまげて「放射線影響はない」と結論しており、これは逆に「放射線影響がある」と示唆するものになってしまっている。

b’) 甲状腺検査はそもそも科学をねじまげて「放射線影響はない」と結論するために行われている(なので「受診者の利益のためではなく」は正しい)

c’) 放射線影響があるなら、甲状腺検査は(ちゃんと正しい方法で)行われるべきである

ということになります。つまり、「即刻中止するべき」ではなく、今までのやり方、データ解析の方法、今後の進めかたを全て科学的に再検討するべき、ということなのです。

【牧野淳一郎】

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