在日韓国人3世の目から見た、日本人にとって「世界への挑戦」が身近にならない3つの要因

HARBOR BUSINESS Online / 2019年12月9日 8時31分

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 講師は全員フィリピン人。英語の非ネイティブへの教授法の資格「TESOL」を取得した講師がレッスンを行い、受講者の98%が「満足」と答える英会話スクールがある。

 日本人向けセブ島留学サービス「ミライズ留学」と、首都圏を中心に立地する英会話スクール「ミライズ英会話」だ。両スクールを運営するMeRISE(ミライズ)株式会社の呉宗樹(オ・ジョンス)代表は、「世界への挑戦をもっと身近に」というミッションを掲げる。

 呉代表は、自身のルーツである韓国語はもとより、29歳まで英語ともフィリピンとも縁のない生活を送ってきた。「アジアにあるどこかの国で起業をする」との気持ちだけで語学留学に行ったセブ島で、英語教育の分野で創業するに至った。

 英語となじみが薄い環境に30年近くも身を置いてきた呉代表は、なぜ英語教育事業の展開に力を入れているのか。

◆26歳のとき、ルーツである韓国へ向かった

 呉代表は、在日韓国人三世として日本で生まれ育った。幼稚園から大学までずっと日本の学校に通い、家庭での会話もすべてが日本語。周りで韓国語が話せるのは祖父母くらいだったので、ほとんど理解もできなかった。国籍を漠然と意識していたものの、特段気に留めることなく進学と就職を迎える。

 大学卒業後は新卒で大手不動産会社に入社。以来トップセールスとして営業で好成績を残し、順調に出世を果たしてきたのだが、5年目の26歳のとき、自身が「これまでの人生で一番怖かった決断」をする。

「突然仕事を辞めて、ソウルで一人暮らしを始めました。同じ在日の友人が学生時代に韓国に行く様子を見て、私もいつか自分のルーツである韓国に一度住んでみたかったのもありました。なんとなく30歳を過ぎると行きにくくなるのではと感じ、『今しかない!』と思い切りました。

 両親や上司、友人を含め、周りからは相当な反発を受けましたね。ほとんどの人に理解はしてもらえませんでした。でも、批判的な対応をする人たちは私の人生に責任を持ちません。その時自分が一番何をしたいかという心の声に従いました」

◆語学留学のため、韓国人はフィリピンに行っていることを知る

 韓国では、後にミライズ創業につながる2つの大きな気づきとフィリピン留学との出会いを果たした。

「ひとつは、日本よりもネットインフラがはるかに進んでいたことです。私がソウルへ行ったのは2000年代後半でしたが、日本ではiPhoneの初代が出始めたころで、スマホはほとんど普及していない状態でした。でも当時からソウル市民は今でいうスマホの前身みたいなデバイスを使っていました」

 韓国では1990年代後半に起こったアジア通貨危機から脱却するため、金大中大統領がIT産業の振興に努めた歴史がある。

「もうひとつは、海外に目を向けるビジネスパーソンが多かったことです。韓国では大きな経済圏がソウルに集中しており、マーケットは決して大きくありません。国が大きくなるには外需をとりにいくしかありません。そのため政府も海外に進出するための支援を整えています」

 海外で学習や仕事をするには、英語力が必須だ。そこで韓国の民間企業が目をつけたのがフィリピンだった。民間企業は日本に先んじて2000年代初頭にフィリピンに語学学校を設立し、韓国から受講生をつのり、現地での英語学習に力を入れていた。留学生の中には大学生もいる。韓国では休学をする大学生が多く、フィリピンで英語を身につけてから帰国し、復学する学生もいる。

 呉代表も「ソウルで私が韓国語で上手くコミュニケーションを取れずにいると、自然と英語で話してくれる人ばかりでした」と当時を振り返る。実際、韓国人の英語スキルは高い。TOEICを実施・運営する「国際ビジネスコミュニケーション協会」が行なった2018年の調査では、日本は520点に対して韓国は673位と、150ポイントほどの差をつけている。

◆英語がネックで挑戦しないのはもったいない

 韓国の充実したネット環境と英語力、そして人々が語学留学先としてフィリピンを選択するのを目の当たりにした呉代表は、世界を意識し始める。1年間のソウル滞在後は中国のインターネット企業最大手の「アリババ」に転職。海外進出を希望する日本企業のサポートを担当した。

「仕事内容をわかりやすく言うと、オンラインで行われる商品展示会への案内です。日本でも国際展示場で各社が自社商品を紹介し、そこで商談して受注につなげるイベントが行われますよね。それをオンライン上で実施するわけです。

 日本の企業様にとっては現地に出向く必要はなく、国内にいながらマーケット調査や海外のバイヤーと商談ができるので、コストを大幅に削減できます。私はたくさんの経営者様とお話ししましたが、多くの方が『海外に進出したい』とおっしゃいます。でも実際に行動に移す方はまれでしたね。

 大きな壁になっていたのが、英語を話せないこと。アリババでは英語のサポートをしていましたが、英文メールを受信するだけで構えてしまう。このときに、『英語の苦手意識さえなくせば、もっとチャレンジできるのに』との想いを抱くきっかけになりました」

 手元にあるデータを見ても、アジア諸国にビジネスチャンスがあるのは明らかだった。だが海外に飛び出していく企業は少ない。

「あるとき、企業様に海外進出を勧めておきながら、自分は日本にい続けていることに疑問を抱きました。『じゃあ、自分が海外へ行ってみよう。でも英語を話せないのでまずは語学留学しよう』と決め、ソウル滞在時に知ったフィリピンに行くことにしました」

 呉代表は当時29歳。アリババを退職し、セブ島に向かった。

◆フィリピンで痛感した「教育格差」

 セブ島では毎日英語に触れ、着実に語学力をつけていった。セブ島での語学学習をきっかけに、日本人の社会人に特化した語学留学サービス「オトナ留学MBA」(現ミライズ留学)を2名の仲間と創業するに至った。

 また現地での暮らしを通じて、呉代表は考えを大きく変える体験をする。

「通っていた学校の先生が発した一言が今でも忘れられません。ある時、『もし私があなたと同じ環境で育っていたら、きっと負けないと思う』と言ったのです。フィリピンは多産の国で、すべての子どもに満足のいく教育をするのが経済的に難しい現状があります。たくさんいる兄弟の中から大学進学する子どもは一人か二人。その子たちの収入で一家を養うわけです。

 教育を受けたいと思っても、お金がないために諦めるしかない。生まれた国や環境によって教育の機会が等しく得られないことに不平等さを感じました。自分は日本人なのか韓国人なのか、ちょっとモヤモヤした気持ちが以前はありましたが、このとき『いや、そんな小さな話ではなく自分は広く考えればアジア人なんだ』と霧が晴れたような思いがしました。先生の発言を聞いて、自分は『フィリピンの人たちに何ができるか』を考えるようになります」

 アプローチのひとつが、雇用だった。現地ではフィリピン人の優秀な講師たちを採用しているほか、日本人受講生からの要望で開設した日本の英会話スクール「ミライズ英会話」でも講師は全員フィリピン人だ。

「英語講師としてフィリピン人の先生は馴染みが薄いかもしれませんね。でも英語人口は世界第3位ですし、英語力も確かなものです。また楽天的な性格は生真面目な日本人受講生の緊張をほぐしてくれます。 英語の非ネイティブスピーカーとして学んできた背景があるので、『英語を学ぶ人の気持ちがわかる』利点もあります。雇用を通じて少しでもフィリピンの方に貢献できたらとの想いはあります」

◆世界への挑戦がそもそも身近でない要因

 セブ島での「ミライズ留学」も国内の「ミライズ英会話」も順調だが、呉代表は「英会話スクールの域から飛び出していく」と今後の展望について語る。

「私たちは『世界への挑戦をもっと身近に』とのミッションを掲げています。では、世界への挑戦がそもそも身近でない要因は何なのでしょうか。私は、3つあると考えています。

 一つ目は、語学。アリババ時代では、英語に抵抗を持ったがゆえに挑戦に尻込みする方をたくさん見てきました。でも、語学ができればコミュニケーションをとれる人が増え、いろんな体験をする機会をつかめます。具体的には、『ミライズ英会話』でのレッスンを変えていこうと考えています。現在でも受講生ひとりひとりの目的に合わせたカリキュラムを組み、マンツーマンレッスンを行なっています。しかし今後は、テクノロジーを駆使し、さらに質の高いレッスンを目指します。

 二つ目は、『教育のあり方』。どんなに語学が堪能でも、計算ができない、読み書きがあまりできないでは困りますよね。現状の世界は、お金がある家庭に育った子どもほど良質な教育を受けられる仕組みになっています。これはフィリピンだけでなく、日本でも同様です。お金のあるなしにかかわらず、誰もが良い教育を受けられる仕組みをつくれないかを真剣に考えています」

 呉代表が最後に挙げるのは「国」の壁だ。国籍や文化、考え方の違いから相互理解が進まないのはもったいない。相手との違いを受け入れ、良い部分を積極的に取り入れていく柔軟性を持てたら、社会はもっと良くなるとの考えだ。

 「自分は何人なのか」というルーツの探求やフィリピンで目の当たりにした教育格差の原体験が、語学教育に熱意を注ぐ原動力になっている。

 社名の「MeRISE(ミライズ)」は、Me(各自)がRISE(上昇する)という意味で、その先に新しい「未来図」が訪れるという意味が込まれている。

 会社の未来のみならず、世界の未来を考えて行動する呉代表の笑顔が印象的だった。

<取材・文/薗部雄一>

【薗部雄一】

1歳の男の子を持つパパライター。妻の産後うつをきっかけに働き方を見直し、子育てや働き方をテーマにした記事を多数書いている。

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