鉄道歴史パークで「フリーゲージトレイン」の車内を見学してみた<コロラド博士の鉄分補給>

HARBOR BUSINESS Online / 2020年3月14日 15時32分

写真

四国鉄道文化館南館(新館)と屋外展示の軌間可変電車第二次試験車両2018/11/02撮影 牧田寛

 鉄道シリーズの締めくくりに伊予西条鉄道フェスタ2019をご紹介する予定でしたが、イージス・アショアや伊方発電所などのテーマが入った為に年が明けてしまいました。西条には、鉄道歴史パーク in SAIJOという比較的新しい鉄道公園、博物館があります。

 昨年ではありますが、2019/11/23,24にかけて伊予西条鉄道フェスタ2019 が開催され、多くの観光客で賑わいました。今回から数回にかけてこのイベントと鉄道歴史パーク in SAIJOのご紹介をします。

 なお今回は写真が多いのですが、閑散時であったためより綺麗に撮影できている一昨年(2018/11/02)撮影の写真もあります。

◆鉄道歴史パーク in SAIJOとは

 鉄道歴史パーク in SAIJO とは、JR四国予讃線伊予西条駅に隣接した四国鉄道文化館 と十河信二記念館 、観光交流センター からなる小ぶりの鉄道公園施設ですが、四国鉄道文化館とJR本線のレールが締結されています。これは大切なことで、かつて秋葉原にあった交通博物館最大の欠陥が、本線と接続されていないことでした。

 十河信二記念館は、新幹線の父とされる故十河信二(そごうしんじ)国鉄総裁の記録を残す展示館で、戦後荒廃していた国鉄の復興から新幹線計画立案と事業化の歴史が十河総裁の足跡と共に紹介されています。

 鉄道歴史パーク in SAIJOは、JRグループ内(JR貨物を除く)で唯一新幹線がやってこないJR四国と愛媛県の新幹線誘致運動拠点を兼ねていると言ってよいでしょう。そのため四国鉄道文化館北館での0系新幹線の屋内展示と南館での二代目フリーゲージトレイン実験車両の屋外展示を目玉としています。新幹線の歴史を知るには十河信二記念館とあわせて優れた施設と言えます。

 伊予西条鉄道フェスタ2019 では、23日土曜日に屋外展示の二代目フリーゲージトレイン実験車両車内特別見学があり、他に新型特急2700系の乗車体験等が行われました。フリーゲージトレイン(正式には軌間可変電車)実験車両の初代は、多度津工場の解体線で解体されてしまい、二代目が四国鉄道文化館北館で屋外展示、三代目が実験車として運用中です。

 翌24日には南館前に恒久敷設してあるミニレール列車の乗車会が企画されていましたが、あいにくの雨天で中止となりました。

 11/23日は、通常公開していないフリーゲージトレインの内部公開を目当てにへこみデミオで西条へと向かいました。本来は、鉄道で行くべきなのですが特急乗り継ぎのため時間とお金がかかりすぎるので、もう高速道路は怖くて走れないほどヨレヨレのへこみデミオの活躍となります。(案の定、寝坊したので行きは高速道路を使いました。)

◆フリーゲージトレイン車内特別公開

 へこみデミオが頑張って高速を走りきってくれ、西条駅までたどり着くと、通常の駐車場でなく仮設駐車場に通されましたが、徒歩5分程度の場所でしたので苦にはなりませんでした。仮設駐車場から西条駅まであるき、更に跨線橋を渡って駅本屋の反対側にでると住宅街に面した駅南広場に四国鉄道文化館南館と軌間可変電車第二次試験車両先頭車があります。特別展示終了まで40分ほどしかありませんので南館で南北館共用の入場券(大人300円)を購入し入館、展示場からまた外に出てフリーゲージトレインの特設乗車口に行きました。

 いつもは閉鎖されている乗車口が解放されており、乗車口から直接客室に入りました。試験車ですのでデッキと客室は分離されていませんが、うるさそうです。

 中はたくさんの子連れ客で、なかなか進みません。お年寄りと幼児には座席で休んでいる人が居ました。座席の反対側にはフリーゲージトレインと四国新幹線の説明パネルがありますが、肝心のフリーゲージトレインは第三次試験車の技術試験こそ成功していますが、余りのコスト高のために採用断念となっています*。

〈*近鉄に逆風? 国交省が北陸新幹線のフリーゲージトレイン導入断念 開発コスト上昇も2018/08/27産経新聞〉

◆フリーゲージトレインは技術者の食い扶持稼ぎと政治的毛針

 筆者は、フリーゲージトレイン計画が立案された当時から、フリーゲージトレインは性能、運用、費用の三点で国内での実用可能性は無く、技術者の食い扶持稼ぎと政治的毛針であると看破していましたので、25年も無駄にしたことに呆れかえっています。近鉄京都・橿原・吉野線を走る程度なら経済性さえ無視すればなんとかなるでしょうが、これも橿原神宮駅で対面乗り換えするほうが遙かにマシです。

 かわいそうに筆者の息子は、幼時からずっと「フリーゲージトレインはいつ高知に来るのか?」「永遠に来ない。」という地獄の問答を繰り返すこととなりました。そのたびに悲しい顔をしますが、商業的に絶対に失敗する事業ですので仕方ありません。鬼親です。

 車内は、在来線特急並みの広さですのでやや狭く、既に備品を取り外されて空っぽの計測器ラックの圧迫感が強いです。

 子供達は、運転士席に座って大喜びですが、交代にはなかなか時間がかかります。空調は効いていますが、20分近く並び続けてようやく筆者の順番となりました。後ろにまだ子供達がいますので、あまり占有できませんから急ぎます。

 ようやく運転台に入リましたが、あいにくの西日でかなり写真撮影は難しい条件でした。運転台の座席は子供向けに設定されているので筆者が座るとはまりこんで体が自由に動きません。しばし満喫して、室内を見回しますと保存状態は上々です。

 新幹線と在来線を走りますので、ATCやATSなどの信号・自動制御装置や電気系はそれぞれの規格への対応のために多重化されておりこれだけもかなりの高コストですし勿論重くなります。在来線だけでもATSと電化方式の規格が多いことは重荷です。

 運転台からの見晴らしは余りよくないので、地方の在来線を走るときはけっこう気をつかうのではないでしょうか。長年の私設踏切(野良踏切)から子供が飛び出してきたら見えそうにありません*。計器は、液晶表示装置に多くはまとめられていて運転台正面は、今風にかなりスッキリしています。初代試験車両とだいたい同じ配置です。残念ながら軌間可変機構に関する制御器を見つけることはできませんでした。尤も、軌間変更は、線路側の軌間遷移装置で行われます。

〈*かつて土佐山田で幼児が轢死する事故があり、踏切の設置運動に署名したのですが、後免・土佐山田間のすべての野良踏切を封鎖すると言う結果となりました〉

 残念ながら、後ろに子供連れの組がまだたくさんいましたので早々に運転室を引き上げて降車しました。

 後日、写真を見て気がついたのですが、なぜかサンバイザーに神社のお守りがついていました。

 鉄道好きならばいちどは座ってみたいフリーゲージトレインの運転台ですが、現在座ることができるのは西条での年に数回だけです。四国島内の子供にはとてもうれしいイベントではないでしょうか。

◆フリーゲージトレインとは

 外に出るとまだ15時前ですが、すっかり人が減っています。なぜか四国の鉄道系イベントは15時で終わるのが標準のようです。イベントそのものは新型特急車両の試乗などまだ継続していますが、フリーゲージトレインの車内見学は、終わりが近づいています。

 フリーゲージトレイン第二世代試験車両の周りをぐるりと回ると、やはり台車に目が行きます。この台車は、軌間遷移装置を通過することによって軌間(ゲージ、線路の幅のこと)を新幹線規格の標準軌(1435mm)と在来線規格の狭軌(1067mm)との間で切り替えます。これによって新幹線と在来線を乗り換えなく直通します。そもそもこの問題は、日本の鉄道黎明期に大隈重信が余り考えなく植民地向けの二級規格(狭軌1067mm)を取り入れたことが発端ともされますが、確たることは分かっていません。これに対し高速大量輸送用として建設された新幹線は、標準軌(1435mm)として建設され、全国新幹線鉄道整備法(全幹法,1970年)によって全国に敷設されることになったのですが、その後の石油危機、国鉄破綻、財政悪化によってフル規格の新幹線を敷設することを断念、在来線を活用するとになって軌間(レールの幅)が異なる新在直通ができないために着目されたのが軌間可変電車(フリーゲージトレイン)です。

 この新在問題を解決する手法としてはミニ新幹線(山形・秋田新幹線、在来線をそのまま標準軌化する)、スーパー特急(新幹線に準ずる路盤の上に狭軌軌道を敷設、新軌道上時速200km、在来線走行可)、フリーゲージトレインの3種類がありそれぞれ一長一短があります。

 なお筆者は、国土軸(稚内から鹿児島まで)は、原則フル規格新幹線、枝線はスーパー特急という考えです。もっとも、九州新幹線鹿児島ルートなどで提案されたスーパー特急方式は、地元にたいへんに受けが悪く、なかったことにされています。狭軌が貧乏くさい上に乗り換えが必要と言うことが嫌われました。このスーパー特急方式が提案された直後、川内原子力発電所の見学に鹿児島を訪問したのですが、地元ではスーパー特急方式がたいへんに低評価であることにとても驚きました。

 フリーゲージトレインは、軌道の新設が必要ない建前で、新幹線から乗り換え無しでそのまま在来線に乗り入れられることから、在来線軌道改良を伴えば安価に新幹線鉄道網を全国展開できるという考えで長崎新幹線、北陸新幹線、四国新幹線での導入が考えられました。その後北陸新幹線は、敦賀まで全線フル規格となりフリーゲージトレイン導入構想も断念、長崎新幹線も全線フル規格構想(但し当然佐賀県は同意せず紛糾中)となり、四国新幹線のみとなりました。四国新幹線事業化のめどは全くありませんので、フリーゲージトレインは宙に浮いた形となっています。

 現在、近鉄京都・橿原・吉野線直通などの民鉄用途として開発は継続されています。

◆かつて公開されていた第1次試験車両

 フリーゲージトレインにたいへんに熱心だったのは整備新幹線事業が大きく遅れているJR四国で、第1次試験車両が運用終了した後に多度津工場に留置しイベントなどの際に展示していました。

 残念ながら工場公開日に行く度に傷みが進んで行きだんだんと留置場所が解体線(重機などで車両を解体する場所)に近づいて行き遂に解体されてしまいました。産業記録としてせめて先頭車くらい保存して欲しかったです。鉄道歴史パーク in SAIJO開業時に無理をしてでも持ち込んで欲しかったです。

 ただ、当時は第2次試験車の実験が行われており、実験結果が思わしくなかった第1次試験車保存の熱意が薄れていったのであろうとは思います。全く惜しいことをしました。

◆おわりに

 この様に重機の贄という哀れな最期を遂げた1次試験車両と違い、2次試験車両は、一応所定の成果は残し、鉄道歴史パーク in SAIJOで大切に保存、展示されています。現在試験続行中の軌間可変電車第3次試験車での実験は続行していますが、四国新幹線として実用化の機運は下がっています。そもそも四国新幹線構想自体に全く動きが見えません。

 しかし愛媛県、JR四国を中心にどうしても新幹線が欲しい四国4県とJRは、機会があるごとに四国新幹線構想をPRし、その中心施設が鉄道歴史パーク in SAIJOといえます。

 次回は、新特急車両特別展示と併せて新幹線への執念渦巻く様々な展示をご紹介します。

◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」鉄道歴史パーク in SAIJO編1

<取材・文・撮影/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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